私は嫌いな人のことをずっと考える癖がある。
思い起こせば小学生の時。
町内のいじめっ子Aのことをずっと考えていた(彼女はいじめだと認識してはいなかったと思う)。
どうして、あんなこと言うのだろう。。。
どうして、あんなことしたんだろう。。。
今日は大丈夫かな。。。
物事をはっきり言えない性格の私は、自宅に帰ってからもずっと彼女のことを考えていた。
中学生の時もそうだ。
病弱で休みがちな女子生徒が、いつものように学校を休んだ日。
クラスの男子B「こいつ嫌いなんだよなー!」
と言って何度も彼女の机を蹴った。
私はその女子生徒と特別仲が良かったわけではなかったが、Bに対して腹が立った。
私「何陰口言いながら、人の机蹴ってるの?!自分がされたら嫌でしょ?!」
男子「いいじゃん!こいつほとんど学校来ないんだから笑!」
勇気を出して注意したものの、反省の色も見えなかったし、口下手な私は言い返す言葉が出てこなかった。
それ以来、Bが彼女の机を蹴飛ばしたところは見かけなかったが、私の怒りは収まらなかった。
Bを見かけるたびに、いつも『むかつくむかつくむかつく。。。』と思いながら見つめていた。
そして現在、私の嫌いな人は職場の従業員20代男性Cだ。
Cと初めて会った日、従業員15名ほどで食事をしていた。
Cは、他の人が作った料理を大きな声で「これ、まずっ!!!」とみんなに聞こえるほど大きな声で言った。
他従業員「この味がわからないなんて、Cもまだまだ子供だなー笑!」
と言った人もいたが、私の背筋は凍っていた。
買ってきた料理ではなく、明らかにここにいる誰かが作った料理をよくも大声でそんなことが言えるんだろう。
しかもほぼ初対面の人たちの前で。
なんてデリカシーのないやつ。
その後の動きを観察していても、一部の人だけと話し、人に気を使うことなく自由に振る舞っていた。
一方私はこの時、誰かつまらそうにしていないか、一人ぼっちでいないか、人のドリンクがなくなっていないか、などと常に周囲を見渡していた。
そしてまたある日、私がCに仕事を教える日があった。
Cは仕事をさっさと終わらせて帰りたい様子だった。
「これどうすればいいですか?」という私への質問はほぼなし。
仕事を学ぼうという気持ちが伝わってこない。
私だったら、わからないことがあったらとことん質問してわかるまでやるのに。
帰る時も、Cは私の顔も見ずに「お疲れ様でしたー。」と言ってさっさと帰宅方向へ歩き出した。
私はオーナーでもないし難しいことを教えたわけではないが、休日に出勤してCに教えたのに、彼から感謝の気持ちが伝わってこなかった。
オーナーが認めるほど仕事ができる人だし、正直にものを言うことも悪いことではない。
仕事に来ているのだから、同僚と特別に仲良くなる必要もない。
でも、もう少し他の同僚に配慮があってもいいんじゃないかな。
最近Cと会わない日でもそんなことを思い出して、モヤモヤムカムカ。
大したことではないのだが、なかなか頭から離れない。
私の自由な時間まで嫌な気分に支配されることが多々ある。
嫌いな人に優しくする必要はないし、いい人である必要もない。
嫌いでも付き合っていかなければいけない人との人間関係は深く考えず、適当でいい。
私は気にしすぎなのだ。
私が気にしても、きっと相手は私のことをなんとも思っていないだろう。
嫌いな人のことを考える時間は無駄だし、もったいない。
好きな人との人間関係だけを大事にすればいいし、大切な人や自分のことを考えることに時間を使いたい。
いい意味で自分中心に、自分のための時間を過ごしていきたい。