躁鬱の完治は諦めてます。

躁鬱歴13年。幸せを感じるのって難しい。

HSPの小学生時代 〜団体行動と自分の意見〜 

 

思い起こせば小学生の頃。

 

毎年夏休みには友人と一緒に、ミステリー列車という子供向けのツアーに参加していた。

 

なんだか怪しげな名前だがこのツアーの目的地は知らされておらず、どこに行くのかは着いてからのお楽しみ、という小学生にはワクワクするものだった。

 

大抵の場合は遊園地へ行くことになっている。

 

夏休み前になると子供達はソワソワしだす。誰とグループになって、ツアーに行くか決めなければいけない。

 

いつも同じ町内の女の子達とグループを組んでいたが、毎年多少のメンバー交代がある。

 

「A子も連れて行こう」

「B子は嫌いだから一緒に行きたくない」

「C子とD君は付き合ってるから一緒のグループね」

 

など、小学生にとっては夏休みの楽しい思い出を作るための大きな議論だ。

 

私は少人数で行動することを望んでいた。というのは大勢だと意見がまとまらないし、めんどくさいからだ。

 

だが私のグループには苦手なE子がいた。わかりやすく言うと、女版ジャイアンというイメージ。 

 

面白い子なのだがいつも自分の意見を突き通して、周りの意見を聞かない。さらに毒舌でよく人を攻撃した。いじめまでではなかったが、E子に何か言われるのが怖かった。

 

私は自分の意見を言うことが苦手だし、言ったとしてもその意見は通らない。E子といると全て決められて、それに従うしかない。

 

今思うと嫌いな子と付き合う必要はないのだが、小学生だった私は田舎の小さなコミュニティに住んでいて、他に選択肢がなかった。今いるグループでうまくやって行かなければいけないと思い込んでいた。

 

少人数を希望してみたのたが、いつも通りE子が意見を押し通した。彼女が気に入った子をメンバーに選び、大人数のグループとなった。

 

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ミステリー列車ツアー当日、やっぱり目的地は遊園地だった。そしてやっぱり不安は当たっていた

 

思った通り、大人数の団体行動は何事も決めるのにも時間がかかった。どの乗り物に乗るとか、何を食べるとか・・・。なかなか決まらない相談の時間が勿体無く思える。相談している時間があったら、もう1つ乗り物に乗れるのに。私は昔から効率の悪いことは嫌いだった。

 

しかし「時間がなくなっちゃうよ!早く次の乗り物に乗ろう!」とはみんなに言えなかった。

もし意見を言えばE子からの攻撃を受けるかもしれないし、他の友人からも嫌われるかもしれないと思ったからだ。

 

素直に「あー楽しかった!!」と思える日にはならなかった。ぐたぐたしてしまって、思うように乗り物に乗れなかったと少し後悔した。

 

 

 

当時は躁鬱病発症前だったので、そこまでイライラせず落ち込むこともなかったが、この経験をとてもよく覚えている。

 

HSPという言葉は知らなかったが、幼い時からの私の性格として団体行動や意見を言うことは苦手で、人から嫌われたくないと強く思っていた。

 

HSPの映画の選び方

 

HSPの私が映画を選ぶ基準は、見ていて心が疲れない映画かどうかだ。

 

どの映画を選択するかによって、映画を観た後の気分が天と地ほど違ってくる。

 

苦手なジャンル

 

【アクション映画】

 

登場人物が殴られたりケガするところを見ると痛々しくて観続けられない。

 

大きな声を上げて怒鳴りあうようなシーンも苦手だ。

 

自分までもが怒られている気持ちになって気分が沈んでしまうことがあるからだ。

 

そして誰かが死んでしまうようなストーリーだと感情移入してしまい、必ずと言っていいほど涙が出てくる

 

どうしても感情が揺さぶられて耐えられなくなってしまう。

 

 

【戦争映画】

 

日本に生まれ育つと、戦争について身近感じることがない。

 

戦争のことを学校で習ったが、教科書で読んだりしただけではあまり想像することができなかった。

 

だが戦争映画を見ると映像が生々しくて、戦争で亡くなる人を見るのも辛いが、その残された家族のことまで考えてしまって苦しくなる

  

 

【ホラー映画】

 

以前から個人的に苦手なジャンルではあったが、必ず犠牲者が出てくる時点で映画を楽しむことができない 。

 

「ホラー映画大好きだよ!絶対にありえないストーリーだし、逆に笑えてくるよ!」

 

という友人もいるが私にはストレスにしか感じず、その気持ちは全くもって理解できない。

 

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好きなジャンル 

 

【恋愛映画】 

 

映画を見るならなるべく恋愛映画を見るようにしている。

 

ブコメなら傷つけあうようなシーンや、誰かが死んでしまうようなストーリーはほとんどない。

 

大体が恋が実ってハッピーエンドで終わるので、ホッとするし幸せな気分で見終えることができる。

 

自分も少しハッピーを分けてもらえて元気になれる気がする

 

 

【ファンタジー

 

魔法が使えたり、不思議な能力を持っている主人公の話だとワクワクする。

 

鬱の気持ちから現実逃避ができて気分転換しやすい。

 

戦闘シーンがあったとしても現実とはかけ離れた世界なので、観ていてあまり苦しくなることはない。

 

 

 【アニメ】

 

アニメは現実味をほぼ感じることができないので、必要以上に感情移入はしない

 

多少の痛々しいシーンがあったとしても、そこまで心は痛くならなくて済む。

 

ホラーや人が殺される映画は嫌いなのにも関わらず『名探偵コナン』は別物であり、好きなアニメの1つだ。

 

かわいい登場人物達を見ると現実世界とリンクができないし、いつも最後には主人公(正義)が勝つので安心して観ることができる

 

あとお気に入りと言えばジブリ映画だ。

 

心に波を立てることなく、いつも気持ちを穏やかにさせてくれる

 

 

 

普段からいろんなことを敏感に感じ取っている私は、人が傷つき死んでしまうような映画を見て更に刺激を感じることは避けたい。

 

ハッピーエンドや平和に終わってくれるような映画は、幸せな気分に自分を落ち着かせてくれるので私にとってはベストだ。 

 

そんな映画を見た後は、小さなことで悩んでいた気持ちからしばらくは抜け出すことができる。

 

躁鬱病&HSPが抱える人間関係のジレンマ

 

 

毎年の恒例行事として年に1、2度、高校の友人達に会う。

 

だが最近は実家を離れて県外に住んだり、コロナの状況悪化で会えていない。

 

なので去年からはビデオ通話をしてお互いの近況報告をするようにしている。

 

今日は4ヶ月ぶりにビデオ通話をすることにした。

 

20年ほどの付き合いで、お互いをよく知る関係なので気兼ねなく話せる関係だ。

 

金融系、音楽系、公務員とみんな職種が異なるので、私がいる世界と違うおもしろい話が聞ける。

 

あとは夫の話、彼氏の話、ゴルフ、旅行、最近観た映画の話・・・

 

たまに昔の思い出について懐かしんだりもする。

 

普段は無表情な私も、久しぶりに自然と笑えた

 

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ビデオ通話をすると決めた頃は、みんなの近況を聞きたくてワクワクしていたし、話している時は楽しいと感じた。

 

しかし、話終わった後は素直に楽しかったと思えなくなった

 

自分を自慢するような話し方をしたかもしれない・・・

 

自分だけが話しすぎてしまったかもしれない・・・

 

話し方にまとまりがなく、とっ散らかった話し方をしたかもしれない・・・

 

つまらない話をしたかもしれない・・・

 

あとからいろいろと後悔が溢れてくる

 

その後、とても楽しみにしていた友達との会話だったが、やっぱり辞めておけば良かったと思った。

 

下手くそな会話をしたことによって、みんなから嫌われてしまうような気がしたからだ。

 

 

 

私の脳の回転は悪い

 

躁鬱病になる前はどんな感じで話していたか正直言って忘れてしまったが、最近考えがまとまらないのに話を続けたり、大きく話が飛んだりすると感じる。

 

これは統合失調症にもよくある症状らしい。

 

普段から文章を組み立てるのが下手で、言葉が出て来ずに話の途中に止まってしまうことが多々ある。

 

私としてはみんなに楽しい話をしたいし笑ってほしいと思うのだが、いつも気持ちだけが空回りしてオチのない面白くない話をダラダラしまう。

 

その結果、人に対して悪い気分にさせたのではないかと思って鬱気分になる。

 

 

 

つまらない話をして嫌われたくない気持ちから、普段は無駄に人に話しかけないようにしている。

 

フレンドリーに話しかけて人と仲良くしたい気持ちがある一方、嫌われるかもしれない恐怖とのジレンマにいつも陥っている。

 

躁鬱病の私が朝目覚めて思うこと

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【少々気分落ち込み気味の時】

 

目が覚めて少しぼーっとしてからトイレを済ませ、キッチンへコーヒーを取りに行く。

 

しばらく何も考えずにキッチンにあるテレビで朝のニュースを見ながら、今日は何をしようかと考える。

 

静かな自分の部屋に戻ると、じわじわと昨日まで自分か悩んでいたことを思い出す

 

「仕事で失敗して迷惑かけてしまったな。やだなー。どうしよう・・・。同僚に嫌われたかもしれない。」

 

「やりたいことがいくつかあるのに、全然進まないし、自分はなんて要領が悪いんだ。」

 

はぁ・・・。

 

思い返しても仕方がないことや失敗が午後になっても頭に定期的に浮かんで来る

 

はぁ・・・。

 

 

 

【大鬱の時】

 

目覚めてからぼーっとする時間を与えない。

 

朝、目が覚めて2秒程で思うこと。

 

「またこの人生か・・・。」

 

辛いことが多いので、心のどこかで違う人・違う人生になっていることを期待しているのかもしれない。

 

次に思うこと。

 

「やだなー。」

 

漠然と嫌な気分がする。

 

しばらくして前日まで考えていた現実問題を思い出す。

 

「また仕事でパニックになって焦るかもしれない。」

 

「あの人苦手だけど、また会わないといけないな。」

 

次第にかなり先の未来の心配まで引っ張り出して来る。

 

「鬱なのにこの先どうして生活していこう・・・。」

 

「一生独り身で家族ができないかもしれない。」

 

「老後の年金が足りずに苦しむのではないか。」

 

朝から鬱の気持ちが溢れ出して止まらない

 

いつもであれば目が覚めるとすぐに起き上がって行動することができるのに、このような時はベッドから抜け出すことが難しい。

 

どうしてもトイレが我慢できなくなって、やっと動くことができる。

 

 

 

 心から「今日は最高の日だ!」「1日が楽しみで仕方ない!」と思える朝は、1年間に数日あるかどうかという感じだ。

 

そう思える日が多くなったらいいな。

 

 

 

クビ目前!どうしてもこなせない仕事

 

オーストラリアでのカフェバイトの鬱ストーリーはまだ続く。

 

仕事にも慣れて来た頃、オーナーに呼び出された。

 

オーナー「結構仕事ができるようになったと思うけど、他の仕事もやって欲しいんだ。バリスタができるようになるとか、電話で注文が取れるようになるとか。そうでないと仕事を辞めてもらわないといけないよ。」

 

そんな仕事できないなどとは言えるわけがないので、とりあえず「わかりました。」と答えた。

 

 

 

バリスタになるというのは、業務用の大きなエスプレッソマシーンを使ってアメリカーノやラテなどのいくつもの種類のコーヒーを作らなければいけない。

 

さらに海外はトッピングなどの細かな注文をするのが普通なので、注文を受けるの作るのもややこしい。

 

客A「Mサイズのフラットホワイトでミルクは低脂肪乳でヘーゼルナッツシロップ少々、あとぬるめでお願い。熱いのが苦手なのよ。ここで頂くわ。」

 

(フラットホワイト=ラテより泡が薄くオーストラリア以外ではあまり見られない)

 

客B「Lサイズのカプチーノでミルクはアレルギーがあるからソイミルク、砂糖は2つ、熱めが好きだからエクストラホットで作ってね。あとココアはいらないから、上にふりかけないでね。テイクアウトで。」

 

さらに砂糖はお客が自由に入れられるように店内に置いてあるにも関わらず、コーヒーを作る際に砂糖を入れてくれと頼む人が結構いる。

 

「そこに砂糖があるので自分で好きに入れてください。」と言いたいところだが、お客の好みのものを作る為に融通を利かせてバリスタが砂糖を入れてあげなければいけない。

 

日本にはない注文の仕方なので、全然頭に入ってこない。

 

だがここで長年働くバリスタは一度聞いた注文は全部頭に入れていたいし、常連がいつも頼むメニューまでも覚えていた。

 

なので常連がお店に入って来るやいなや、彼らがいつも頼むコーヒーをすぐに作り始めて、お会計が終わると同時にコーヒーを提供するという早業もしていたのでかなり驚いた。

 

私はその手際の良い同僚バリスタの姿を見ているだけで、もう頭がいっぱいいっぱいだった。

 

コーヒーに関して知識はゼロだったし、今までエスプレッソマシーンに触れたこともない。

 

でもラテ作りには興味はあったのでミルクを泡だてたりなど練習をしたいとは思ったが、カフェはいつも忙しくて練習する時間がなかった。

 

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そして何より嫌だったことは、電話に出ることだった。

 

以前コールセンターで私の失敗でもないのにお客さんに怒られて以来、苦手意識がついていた

 

さらに対面で注文を取るならば、もしわからなくても同僚に聞くことができるからまだいいが、英語の聞き取りに自信がなかったし電話では誰も助けてはくれない。

 

カフェで電話が鳴るたびに電話を取らなきゃと思うのだがなかなかできず、いつも他の同僚が電話に出てくれるのを待っていた。

 

電話を取って、自分が動揺してパニックになるのは予想がついた

 

そのあとに、失敗した自分を悔やんで鬱になることまでもイメージがついた

 

 

 

オーナーにクビ予告されてから何もできない自分を責める

 

「今日も電話に出ることができなかった。」、「今日もコーヒーを作る練習ができなかった。」と後悔の連続だった。

 

私には余裕が全く無かった。

今やっていること以上の仕事はできる気がしなかった。

 

いつクビを言い渡されるのかとヒヤヒヤして毎日落ち込んだ気分だった。

 

オーナーに面と向かってクビだと言われるのが怖くて、すぐに自分で働き先を探しだした。


極端に人に怒られるのが怖い

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オーストラリアのカフェでアルバイトをしたことがある。

 

オーストラリア人オーナーに、多国籍の同僚、そしてお客のほとんどがオーストラリア人。

 

小さな店だったが、絶えずお客が来る店だった。

 

私の仕事は、食事やドリンクの配膳、洗い物、料理の下準備だった。

 

5ヶ月間ほど働いていたのだが、いつものように鬱の波が来た

 

 

 

まず最初の小さな波は、初日の仕事が終わった後に来る。

 

「こんな難しい仕事できない!覚えることがたくさんありすぎて頭がパンクしそうだ!しかもオーナーの言ってる英語がわからない・・・」

 

 ここでやって行ける自信を無くし、すぐに心が折れてしまう。

 

1週間ほどは仕事がないときでも「どうしよう、どうしよう・・・」と落ち着かない。

 

しかしほんの少しだけポジティブに考えが浮かんできて、少しだけ救われる。

 

「まだ仕事を始めたばかりだからね。わからなくても仕方がない。」

 

 

 

働き出して2ヶ月ほどして、ある程度仕事内容も把握できた頃、大きな波がやって来た。

 

その日は、いつものように料理の下準備で野菜を切っていた。

 

野菜の在庫が少なくなるとホワイトボードに書かなければいけない。

 

オーナーがホワイトボードを見て、足りない食材を買い出しに行くという流れだった。

 

私は要領が悪いし、言われたこともすぐに忘れてしまいがちだ。

 

配膳やら洗い物やら別の仕事をしていたら、足りなくなりそうだった赤カブをホワイトボードに書き忘れてしまった。

 

それに気がついたのは仕事後に帰宅した時だった。

 

「あ!やばい、書き忘れた!明日でも大丈夫かな?どうしよう、オーナーに怒られるかもしれない・・・」

 

血の気が引く。

 

「まだ始めたばかりだからね。そういう時もある、仕方ない。」

 

とは自分には言い聞かせられなかった。

 

オーナーは決して怒りっぽい人ではなかったのに、彼の怒っている顔が何度も浮かぶ

 

ぐるぐると悪いことばかりが頭を巡り、そのミスのこと以外は考えられなくなった

 

すぐにオーナーにメールすることもできたが、書き忘れたことを怒られたくないし、嫌な顔もされたくない。

 

このままでは落ち着かないし眠ることもできないと思い、なんと自分でスーパーに行って赤カブを買うことにした。

 

すると他の野菜ももしかしたら足りなかったかもしれないと心配になってきて、結局3種類くらいの野菜を少量づつ買った。

 

次の日にカフェに行くとこっそりと野菜を保管してある部屋に行って、自分で買ってきた野菜を棚に置いた。

 

誰も気づくことはなく、ホッとした。

 

今であれば、そこまでする必要はなかったと思うが・・・

 

 

 

このように私は極端に人に怒られることを怖がった

 

相手に不快な思いをさせたくなかったし、自分が怒られて人前で泣くのも嫌だった。

 

人間誰でも失敗はあるし、怒られてしまうこともある。

 

でも私の心の奥底に「怒られることをしてはいけない。」「いい子でいないといけない。」という子供の頃からの心理がずっと残っているから、どうしても怒られることを避けたいのだ。

 

 

明るく楽観的に振舞ったら即クビに② 〜社長に嫌われて大失敗〜

 

研修4日目。

 

英語で注文も取れるし、大きな声出しもできる。

 

ぎこちないながらも大体の仕事ができるようになった。

 

不安もまだまだあったが、こんな感じでやっていけばいいんだなと感覚がつかめてきて、若干ではあるが自信が湧いてきた。

 

休憩を取る前に、その場で働くスタッフ1人1人に「休憩いただきます。」と声がけをしないといけない、超日本的なルールがある。

 

私の休憩時間になり、「めんどくさいな、ここはオーストラリアなのに堅苦しい。」と思いながらもそれに従って挨拶をして周る。

 

最後にスタッフ用休憩室に行くと、そこには年に数回しか訪れないと言うこの店のオーナーがいた。

 

40歳くらいの小太りの日本人男性だ。

 

社長にしては若いなというのが第一印象だった。

 

テーブルの上にはいくつもの寿司が並べられていて、味や見た目のチェックでもしていたのだろう。

 

マネージャーに紹介されたので、緊張しながら挨拶をする。

 

社長「新人の子?寿司食べていっていいよ。」

 

と声をかけてくれた。

 

少し雑談をした後に、社長が指を指しながら、

 

社長「これなんて名前かわかる?」

 

私「〇〇ですかね?」

 

社長「じゃこれは?」

 

私「・・・」

 

まずい、わからない・・・。

 

メニューの勉強はしていたが完璧ではなかった。

 

150種類ある寿司の名前を4日では覚えられなかった。

 

ここは日本ではなく外国、細かなことは気にしない国。

 

緊張と性格の暗さを隠すために明るくお茶目に答えようと思った

 

私「あ、まだ覚えてないです。次回覚えて来ますっ!」

 

少し申し訳ない感じを出しながら、自分なりに明るく笑顔で答えた

 

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次の出勤日に職場へ到着するやいなや、マネージャーにクビ宣告された。

 

マネ「社長があなたのこと気に入らなかったのよ。」

 

私「え??なんでですか?」

 

マネ「寿司の名前がわからなかったでしょう?そしたら社長が『わからないならわからないなりの態度を示せ。すいませんでした、もっと勉強するようにしますとか言えないのか。』と言ってたの。私も『他の仕事は覚えて来ましたよ。最初だからしょうがないんじゃないですか?』と言ってみたけれど、『そう言う気持ちのやつに働いて欲しくない。』と言われてね。社長が決めたことは絶対なのよ。今日で仕事最終日ね。」

 

えーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!

 

それが理由でクビだなんて、めちゃくちゃ日本的!

 

個人的にはそんなに悪い態度取ったつもりはなかった。

 

失敗しても、明るい子を演じて周りの印象を悪くさせないようにしたかった。

 

楽観的に振舞って自分自身を落ち込ませないようにしたかった。

 

ポジティブに受け取って欲しかったのに・・・。

 

良かれと思って普段やらないことをして、裏目に出た

 

でも普段は真面目に仕事をしていたし、そうゆう面を見ていない人が私の一度の失態(?)できっぱりクビを言い渡せるとは信じられなかった。

 

社長に直接弁解したかったが、普段は遠くの都市に住んでいるので次にこの店に来るのは何ヶ月も後だ。

 

誤解されたままどうしようもできない。

 

「なんで?なんで?なんでこうなった?」とぐるぐる考える。

 

もし社長が1ヶ月後に来てくれていたら・・・

 

もし私の仕事がない日に社長が来ていたら・・・

 

運がなかった。

 

気持ちが沈んだまま、最終日の仕事をこなした。

 

 

 

ずっと楽観的な考えや態度の明るい人を羨ましく思っていた。

 

多少の失敗もその明るさがカバーしてくれるし、人からも好かれると思っていた。

 

だが楽観的に考えニコニコ笑って許される人と、許されない人がいることを知る。

  

今でも楽観的に振る舞おうとすると、この苦い失敗体験を思い出してしまう。

 

その後、鬱状態になったのは言うまでもない。

 

明るく楽観的に振舞ったら即クビに① 〜オーストラリアの寿司店〜

 

 

オーストラリアを旅をしながら、居心地の良い都市を探していた。

 

2ヶ月ほど旅をしていたので資金も少なくなり、そろそろ身を落ち着かせて仕事をしたいと思った。

 

そしてある街でアルバイト先を探すためにインターネットで応募したり、履歴書を直接配って歩いた。

 

英語の上達の為に日本人が少ない飲食店を選んで応募したが、なかなかいい返事がもらえない。

 

仕方がないのでしばらくは日本人スタッフがたくさんいる寿司屋で働いて食いつなぎながら、引き続き日本人が少ない飲食店を探すことにした。

 

すると、すんなりと寿司屋での採用が決まった。

 

人手不足もあっただろうが、寿司屋も積極的に日本人を採用していたのだと思う。

 

だって日本人が働いているだけで本格的で伝統的な店という気がするから。

 

周りのスタッフを見渡すと、4分の3ほどは日本人であとはアジア系の人だった。

 

私の仕事はホールで接客することだ。

 

席の案内、注文とり、配膳、テーブルの片付けが主な仕事なのだが、まず一番最初に教えられたのは声出しであった。

 

店の端に立ち、マネージャーである日本人が言うことを大声で復唱する。

 

マネ「いらっしゃいませー!2名様、ご案内しまーす!」

 

こう言う雰囲気は苦手だな・・・なんか恥ずかしい・・・と思いながらも復唱する。

 

マネ「声が小さいから、もっと大きな声出して!これができないと採用にならないから。」

 

そう、厳密に言うと今の段階は研修期間であって、これに合格しないと本採用にはならないのだ。

 

こんな声出しで不採用になったら情けないな。

 

こういう大きな声を出してお客を接客するのは日本特有の文化だ。

 

海外ではないことなのだが、あえてこの接客をすることで外国人が喜んでくれると言う。

 

声出しは3日目になってようやく合格が出た。

 

 

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席の案内、注文とり、配膳、テーブルの片付けを少しずつ覚えていく。

 

要領が良くない私は覚えることがたくさんあって混乱していた。

 

更に大変だったことは、150種類ある寿司メニューを全部覚えることだった。

 

サイドメニューも加えれば全200種類ほどになる。

 

日本では見られないユニークなメニューがたくさんあった。

 

アボカドや揚げ物を入った太巻きが多く、生の魚を使った寿司が少ないなど、日本人が思い描く寿司のイメージとはかけ離れたものが多かった

 

だが、メニューの写真と実物の見た目が違っている寿司があったり、中身がほとんど同じ寿司もあったので見極めが難しかった。

 

マネージャーから怒られたくなかったし、お客に寿司について質問されてアタフタしなくなかったので、毎日帰宅してからメニューとにらめっこしていた。

 

少しでも早く寿司の名前を覚えたかった気持ちもあるが、それよりも名前を覚えられない不安の方が大きくて仕事後も落ち着いて休んではいられなかった

 

 

躁鬱病になって始めたこと 〜読書〜

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子供の頃は読書が好きではなかった。

 

小学生の時に読書好きな友人を見習って、学校の図書館で本を借りたことがある。

 

しかしなかなか読み進めることができずに、読むことに飽きてしまった。

 

全く読まないまま重たい本を返しに行った経験が何度かある。

 

どうしても本に興味が持てなかった。

 

それよりもテレビを見たり、音楽を聴く方がよっぽど楽しかった。

 

図書館は私には無くてもいい存在だった。

 

 

 

躁鬱病になって鬱でどうしようもない時に、何かこの辛い気分を変えるもはないかと考えた。

 

いつも通っている心療内科医に会うためには予約がいるし、病院も遠い。

 

カウンセリングに通うという選択肢もあったが、1回¥6000〜10000と高額だし、何度も通わないといけないことを考えると大変なので諦めた。

 

予約もお金もかけずに鬱を改善する方法はないだろうか・・・

 

そうだ、精神科の医師やカウンセラーが書いた本を読めばいいかもしれない。

 

そして図書館であれば無料で気軽に利用ができるし、気に入らなかったら期限内にただ本を返せばいいだけだ。

 

そこで一番近い図書館に行ってみることにした。

 

図書館は妙に静かで、音を立ててはいけないという緊張感があり、少し苦手な雰囲気だった。

 

そこで心理学のコーナーを発見すると思ったよりもたくさんの本があり、うつ病、恋愛、占い系の本まで幅広く置いてある。

 

思った通り、医師やカウンセラー著書の本が何冊もある。

 

どれも気になるようなタイトルで興味をそそられる。

 

私がよく選ぶのは「自己肯定感を高める」「不安を減らす」「幸せに生きる」といったようなタイトルの本だ。

 

このような本はポジティブな気分にさせてくれるし、元気をくれる。

 

本が医師やカウンセラーのような役割をしてくれる

 

だんだん読書が好きになり、今では英語学習の本やノンフィクションの本も読むことがある。

 

コロナになって自粛生活をするようになってからは、より図書館に足を向けるようになった。

 

どん底の鬱の時は活字が読めなくなってしまうので読書はできないが、軽い鬱の時の読書は私を鬱から少し引き上げて、勇気付けたり楽しい気分にさせてくれる存在だ。

 

冗談って言う必要ある?

私はHSPで、21歳の時に躁鬱病になった。

 

そうゆう私には冗談を言う人が理解しがたい

 

冗談は時間の無駄だと思ってしまう。

 

 

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小さい時からダジャレを言う父がよくわからなかった。

 

面白くないし、説明されたところで「それが何?」と思った。

 

愛想笑いをする人もいるが、私はそれもしたくなかった。

 

 

 

大人になって人と話をしていて、突然「ごめん、それは嘘だよ。今のは冗談(笑)!」と言われると少し腹が立つ。

 

真剣に話を聞いていたのに、騙されたような気分だ。

 

面白くないので笑いたくないが、空気を読んで多少の愛想笑いはできるようになった。

 

なんでそんな回り道をして話をするのだろうか。

 

話がだらだらと長くなるだけではないのか。

 

ストレートに言えばわかりやすいし、時間はかからないのに。

 

 

 

私は何でも物事を真剣に捉えて、言われた事をそのまま受け取る。

 

言われたことを深く考えすぎて、自分で自分を苦しめることがある。

 

以前心理カウンセラーに「あなたはシリアスすぎるのね。ユーモアも大事よ。」と言われたことがある。

 

私は何に対しても冷めていて、楽しもうと言う気持ちが足りないし、余裕がないのだ。

 

楽しい人生を送りたいとは思うが、興味を持つことや笑うことは今の私にはとても難しいことだ。