躁鬱の完治は諦めてます。

躁鬱歴13年。幸せを感じるのって難しい。

救う神教授あり

  

 

イアフォンやサングラスをして外からの影響を最小限に減らし、なんとか大学へ通っていた。

 

しかし、普通に授業に出席するだけでは卒業はできない。そう、卒業必須科目である卒業研究をしないといけない。

 

私は卒業研究を仕上げる自信が全くなかった。興味もわかないし気力もない。

 

他の授業に定期的に出席するだけで精一杯だった。

 

でも、それをしないと大学を卒業する目標が達成できない。

 

そこへ以前から授業を受けていた教授が手を差し伸べてくれた

 

教授「卒業研究どうするの?私のところへいらっしゃい。あなたならできるわよ。」

 

教授は私が長らく休学していたことを知っていたが、私の病気や症状などは知らなかったと思う。

 

その教授の卒業研究をとるなんて考えたこともなかった。正直に言って、興味がなかった。でも、今の私の状況で他の教授について卒業研究をするエネルギーはなかった。

 

私はその教授の優しさに甘えることにした。

 

教授「好きな題材を選べばいいのよ。論文を書く事は難しくはないわ。少しずつやればいいの。」

 

そうは言っても、私にはとてつもなく大変な事だ。

 

躁鬱病になってから、集中力や語彙力がなくなったと感じる。そして疲れやすい。授業を受けるだけならまだいいが、自発的に考え何かに取り組む事は難しい事だった。

 

レポート1枚の課題ならなんとかなるのだが、論文は何十枚と書かなければいけない。文章の構成、内容、繋がりを考えながら書くなんて、その時の私の脳みそでは不可能に近かった。

 

でも卒業がかかっているのでどうなるかわからないが、とりあえず卒業研究を始めてみる。

 

しぶしぶ始めた卒業研究の題材に選んだものは教授の専門分野ではなかったが、温かく見守り優しく助言してくれた。

 

研究室には12名くらいの生徒が所属していたが、みんな私よりも若く、もちろん顔も名前も知らなかった。

 

その中で私は無愛想な留年生で浮いた存在だったが、大きな鬱の波が来ることもなく、なんとか研究を進められた。

 

 

 

悪戦苦闘しながらも大学8年生の冬、奇跡的に卒業研究を仕上げる事ができた。

 

研究内容と論文の出来はいいものではなかったと思うが。

 

しかし論文を書いて卒業研究を完成させるなんて、1年前には夢のまた夢であって、思ってもみない事だった。

 

私、やれば出来るじゃないか

 

 

 

 

今思い返せば、その教授のおかげで大学を卒業できたと言っても過言ではない。

 

私の状況を理解してくれて、なんとか卒業させようと指導してくれたおけげだ。

 

 

 

8年かかって、やっと大学生活の終わりが見えてきた。

 

  

エレベーターで悪夢再び

大学に復学し、割と順調に授業をこなしていた頃。

 

ある日授業を受けようと思い、教室へ向かっていた。

 

ちょうどドアが開いていたエレベーターに乗り込む。

 

ラッキー。タイミングよく乗り込めた!

 

そこには既に3人ほどエレベーターに乗っていた。見覚えのある人がいる。

 

4年前の思い出がフラッシュバックした。あの時もエレベーターの中だった。

 

躁鬱発症前にとても尊敬していた辛口の男性教授とその生徒がエレベーターの中にいる。卒業研究を断られてかなりのショックを受け、それが躁鬱病発症の1つに原因となった。

 

気まずい。

 

課題で褒められたことがないが、どうにか教授に食らいついていって技術を得て、卒業研究を完成させたい。デザイナーになりたい。その決意を粉々にした、あの思い出が蘇った。

 

もう数年も前の事なのだが、あのショックの影響はその後も続いていた。

 

教授も私に気づき、目があう。

 

こんなに近い距離で無視するわけにはいかないので、平然を装って「こんにちわ。」と教授に言おうとしたのだが、声が出ない

 

すぐに私の眉間にしわがよる。

 

数秒で涙が溢れて来た

 

教授とその横にいる生徒達は驚いただろう。何もしてないのに生徒が急に泣き出すのだから。

 

教授がすぐに「どうしたの?」声をかけてくれたが、その懐かしい声も嫌な思い出をぶり返させる。

 

今でも泣く事は多々あるが、泣きながらも自分の意見が言える。こういう事があったから悲しくて泣いているのだと説明ができる。

 

しかし当時の私は泣くことしかできなかった。頭が働かないので言葉が出てこない。

 

泣いている私が恥ずかしくて、その場からすぐに逃げ去りたい。

 

エレベーターが動いた後だったので、次に止まった階で降りる。みんな戸惑っていたが、エレベーターに乗ってそのまま上の階に行く。教授は泣いている私に対してもっと声をかけてくれたかもしれないが、何も耳に入ってこなかった

 

あの重苦しい雰囲気のエレベーターから脱出できて、少しホッとする。

 

私はすぐに一階へ向かうエレベーターに乗り、授業をほったらかして、急いで家に逃げ帰る。

 

帰宅する道中も泣き止むことない。頭の中がネガティブなことでずっといっぱいだ。

 

その後、校舎でエレベーターに乗る時は気が張った。鉢合わせしないように、周りをよく見ていた。

 

 

 

今考えれば、何事もやってみないとわからないし、自分のやりたい事は自分で決める。

 

教授が私の卒業研究を選ぶ権利は全くない。

 

 

 

だが当時の私は傷つきやすく、なかなか過去を振り切ってポジティブの考える事ができなかった。

 
 

大学8年生の学校での過ごし方

 

 

数年ぶりに学校生活へ戻った。友達もいないし学校へ行くのがずっと嫌だなと思っていたが、案外吹っ切れていた

 

知り合いがいないので人と話さないし、無理に人付き合いをしなくていい。

 

自分の存在を消して幽霊みたいに過ごすと気が楽だ。

 

今まであんなにこだわっていた成績。絶対に取るまいと思っていた「優」以外の評価だが、もう「良」「可」だけではなく「不可」もたくさんある。だが今の目標は大学卒業であり、成績はあまり気にならなくなった。

 

とりあえず毎日学校へ通うことが大事だ。

 

たまに授業を休むことはあったが、意外と大丈夫であった。

 

課題は山ほどあったけれど、以前のようにアパレルの勉強が楽しいと思えてきた。

 

 

 

唯一の問題は、周りの生徒が煩わしい事であった。

 

みんな20歳頃の年齢で、友人同士でワイワイ話したり、テンション高く騒いでいて、エネルギーに満ち溢れている。

 

「学校生活、友人関係、何もかもがうまくいっているんだろう。それに比べて私は友達もいないし、毎日必死に生活してる。」

 

そう比較して、ネガティブに考えてしまう

 

特に1時間の昼食時間が私を疲れさせた。みんなの楽しそうに話す甲高い声があちらこちらから聞こえてくる。

 

食堂はとてもうるさく混雑しているので、いつも教室の端でひっそりと一人で食べる。私にはおしゃべりの相手もいないので、15分もあれば十分。

 

あと45分何をしよう・・・。無駄な時間だな・・・。

 

早く授業を終わらせて、落ち着ける自分の家に帰りたかった。

 

休憩時間などいらない。授業のみであればいいのに。

 

 

 

この状況の乗り越え方は、イアフォンサングラスを持ち歩く事だった。

 

授業以外の時は、イアフォンで外の音をシャットダウン。音楽をかけなくても、耳栓がわりに使用していた。

 

本当に調子の悪い時は、ノリのいい曲や、ベース音が強い曲を大きな音量で聞く。外の音は聞きたくない。

 

サングラスは、人の視線から私を守ってくれた。あと、不安でオドオドしていたり、泣きそうになっているのを見られないようにもしてくれた。

 

冬の時期はサングラスをするのは変なので、その代わりにマスクをした。少しでも表情を読み取られないように。少しのショックでイライラしたり泣いてしまうから。

 

これらのおかげで、自分のペースを崩さずに多少なりとも自分を守る事ができたと思う。

 

 

 

今でもイアフォンは外出時に良く使用する。人の影響を受けやすい私には手放せない物になった。


 

 

復学への決断

大学を辞めようと何度も考えた。しかし当時通っていたクリニック女医さんはいつもそれを止めた。

 

女医「もう少し考えたらいいんではないですか?決断は慎重にしたほうがいいですよ。気持ちが変わるかもしれませんから。」

 

私はなぜそんなに退学を止めるのかわからなかった。私の症状が良くなる気が全くしなかったからだ。

 

私としては退学して、新しい人生を始めたいと思っていた。同級生もみんな卒業して学校に知り合いはいないし、劣等感や嫌な思い出が残る大学にはもう行きたくはない。

 

 

 

そういう事を言われ続けて4年程経ち、退学を諦め、やっと復学してもいいかなという気になった。

 

そう、女医さんの予言(?)は当たっていた。私の気持ちが少しずつ変わってきていたのだ。 

 

症状がすごく良くなったわけではないが、自動車学校を卒業したことで少し自信を得た私。

 

順調に行くとあと1年通えば卒業できる単位が取れる。

 

たった1年の辛抱じゃないか。せっかく入った大学を卒業したい

 

 

 

少し前向きに復学を考えられるようになってきた。

 

自動車免許を取ってから1年後、私は大学復学を決断した。

 

私が入学した学校は4年制大学。そしてその時、私は大学8年生になった。

 

 

 

気の緩みに鬱の矢がグサり

ここ1ヶ月は働いておらず、コロナのせいもあって家にずっと引きこもっている。

 

人と会わないので人間関係を気にする事なく、リラックスした毎日を過ごしている。

 

お金は稼げないが、好きなことが出来ているので結構充実している。

 

そうやって気を抜いていたところに、突然ぐさっと鬱の矢が刺さる。

 

そこから脳が侵食されて、すぐに悲しさでいっぱいになって、が出てくる。

 

 

 

現在は両親と同居しているのだが、時々父が苦手な存在となる。

 

父は優しいところもあるのだが、短気で怒りっぽい。怒鳴りはしないが、すぐにイライラする。昔からそんな雰囲気の父は嫌いだった。

 

父は早く物を処分したかったらしい。私と母にそれを捨ててもいいかと一応意見を聞いてくれたのだが、私たちがどうしようかと悩んでいると、決断を早くしてくれとばかりにイライラし出して、口調が強くなる。

 

父「だからー、いるならいるでいいからどうするのか決めてくれ。あれが邪魔でしょうがない。」

 

もー、それだけで私はダメだった。父はそんなに怒っているわけではないのだが、なんだか私が悪いことをして怒られているように感じる。

 

人がイライラしたり怒っているのを見るととても怖くなる。以前の高圧な不動産スタッフもそのパターンだった。私は人の感情にとても敏感だ。

 

 

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父が部屋を出るまで、なんとかこらえる。そして泣く。ポロポロ涙が止まらない。

 

他の人だったら「ちょっとイライラしただけでしょ?そんな些細な事で泣くの?」と思うかもしれないが、私にしたら気分が一瞬でガラッと変わってしまう大きな出来事だ。そしてその気分を治すのには時間がかかる。

 

普段は優しいし仲良くやっているので、父が短気であった事は忘れていた。

 

冷静になって、「あ、父はそうゆう一面があったんだな。」と思い出す。

 

年に2回ほどこんな感じで、父が鬱の種となる事がある。1年前は大鬱になって、数日ご飯がまともに食べられなくなった。

 

もちろん父も私の病気を知っているが、詳しく理解はしていないように思う。

 

やっぱり父とは長く一緒に暮らしてはいけないんだと改めて感じる。

 

家族のいい関係を保つためにはある程度の距離は必要だ。

 

私の心の根底には、怒られてはいけないいい子でいなければいけない、という子供の頃からの気持ちが強く残っているのだと思う。

 

人に怒られたり、イライラさせる自分が悪いのだと。

 

こやってブログを書いている時もが出る。

 

 

 

少し時間置いて考えてみた。

 

私が敏感ですぐ泣いてしまう性格なのと一緒で、父もイライラしやすい性格で、悪気があってやっているわけではない。みんな長所があって、短所もある。

 

人の全てを思い通りに変えることはできない。

 

家族関係がだいたいうまく行っていれば、それでいいのではないか。全てが自分と同じ思考の人はいないのだから。

 

 

 

とも思うが、この鬱がすぐにスッキリ消えてくれるわけではないので、今日は早く寝よう。寝て忘れるのが一番。

 

 

号泣してしまう洋楽

 

 

数年前、辛くて何もする気になれなくて、Youtubeをぼーっと見ていた。そんな時に見つけたのがP!nk『F**kin'  Perfect』(『Perfect』とも呼ばれる)です。

 

誰かが英語の歌詞に和訳をつけていました。それを見て号泣・・・。

 

この曲は何かに悩んでいる人にぜひ聴いてもらいたい!!!

 

曲を聴いた後は、なんだかホッとしたような、スッキリしたような、このままでいいんだと思えました。

 

完璧じゃない自分でもいい。失敗したり、ダメなところがあってもいい。

 

 

※痛々しい映像が少しあります。


P!nk - Perfect (Official Video)

 

 

英語は勉強中で上手くはないけれど、どうしてもいい曲を伝えたくて和訳してみました。多少の間違いはご了承ください。

 

 

『 F**kin' Perfect 』 歌手:P!nk

 

Made a wrong turn, once or twice

1度や2度、道を外したことはある


Dug my way out, blood and fire

血を流したり燃え尽きたりしたけど、私の道を見つけた


Bad decisions, that's alright

悪い決断ばかりしたけど、もういいの


Welcome to my silly life

これが私のバカみたいな人生


Mistreated, misplaced, misunderstood

虐待されたり、のけ者にされたり、誤解されたり


Miss 'no way, it's all good'

大丈夫なふりして


It didn't slow me down

突っ走ってきた


Mistaken, always second guessing, Underestimated

誤解されたり、批判されたり、なめられてしまったり


Look, I'm still around

でもほら見て、私はこうやってここにいる


Pretty, pretty please Don't you ever, ever feel

どうかお願い、そんなことは思わないで


Like you're less than fuckin' perfect

あなたは超完璧じゃないなんて


Pretty, pretty please If you ever, ever feel

どうかお願い、もしあなたには何もないなんて思っていたとしても

 

Like you're nothing, you're fuckin' perfect to me

私にとってあなたは超完璧な人なのだから

You're so mean  When you talk 

あなたは自分の話をする時、いじわるよね


About yourself, you were wrong

あなたは間違っている


Change the voices  In your head  Make them like you instead

頭の中で言葉を変えて、本当の自分のように置き換えて話してる


So complicated, look how we are making

とても複雑だわ、見て、これが私たちのしたことよ


Filled with so much hatred, such a tired game

憎しみに溢れて、なんて疲れさせるゲームなの


It's enough, I've done all I can think of

もう十分、考えつくことは全部やった


Chased down all my demons, I've seen you do the same, oh

私の中の悪魔を追い払った、あなたも私と同じようにしていたわ

 

Pretty, pretty please Don't you ever, ever feel

どうかお願い、そんなことは思わないで


Like you're less than fuckin' perfect

あなたは超完璧じゃないなんて


Pretty, pretty please If you ever, ever feel

どうかお願い、もしあなたには何もないなんて思っていても


Like you're nothing, you're fuckin' perfect to me

私にとってあなたは超完璧な人なのだから


The whole world is scared, so I swallow the fear

世界中が怯えている、だからその恐怖を飲み込むの


The only thing I should be drinking is an ice-cold beer

私は冷たいビールだけを飲むべきなにね


So cool in line, and we try, try, try

冷静になって何度も挑戦する


But we try too hard, it's a waste of my time

でも頑張りすぎるのは時間の無駄よ


Done looking for the critics, 'cause they're everywhere

批評する人たちを気にするのはやめた、そんな人たちはどこにでもいるから


They don't like my jeans, they don't get my hair

彼らは私のジーンズや髪型を嫌っている


Exchange ourselves and we do it all the time

いつも私達自身を変えているの


Why do we do that?  Why do I do that?  Why do I do that?
なぜみんなこんなことをするの? なぜ私はこうしているの?

Yeah, oh, oh pretty, pretty please
Pretty, pretty please  Don't you ever, ever feel

どうかお願い、そんなことは思わないで


Like you're less than fuckin' perfect

あなたが完璧な人間ではないと


Pretty, pretty please  If you ever, ever feel

どうかお願い、もしあなたには何もないなんて思っていても


Like you're nothing, you're fuckin' perfect to me

私にとってあなたは超完璧な人なのだから


Yeah, you're perfect, you're perfect, oh
Pretty, pretty please  If you ever, ever feel

どうかお願い、もしあなたには何もないなんて思っていても


Like you're nothing, you're fuckin' perfect to me

私にとってあなたは素晴らしく完璧な人なのだから

 

 

完璧を求める私の大学編入失敗

 

躁鬱病になる前。大学2年生の時の話。

 

私が通っていたA大学は、滑り止めであった。本当は国立のB大学へ入りたかった。しかし学力が足りずB大学に落ちてしまう。

 

落胆したが、滑り止めのA大学でも学びたい事は学べる。夢見ていたデザイナーになるため、その第一歩としてアパレルの勉強ができることが嬉しかった。新しく始まる大学生生活をとても楽しみにしていた。

 

しかし思い描いたものとは全く違った。

 

入学したA大学にはやる気のない、真剣みのない生徒がたくさんいた。課題をしてこなかったり、授業中なのに誰かと電話していたり、教授に対して反抗的な態度だったり・・・

 

ショックだった事は、みんながアパレルの勉強をしたくて入学した訳ではない事。

 

「とりあえず大学に受かったから、勉強している。」「系列校出身だから、この大学へ来た。」

 

全員ではないが、このような生徒が多い印象であった。

 

こんな環境にいるのが嫌になる。

 

私の学びの時間を邪魔しないで。

 

こんな不真面目で情熱のない人達と一緒に勉強したくない。

 

授業の時は結構イライラしていたし、A大学に入ったことを後悔した。

 

この時、私は完璧な自分を作るために、理想の環境を求めていた

 

次第にB大学へ転入したいと思うようになる。B大学は偏差値も高く、真面目な生徒が多いという印象だった。あと有名大学なので就職にも有利になると思っていた。

 

 

 

その後B大学への編入試験を受けたのだが、今回もやっぱり不合格。学力が足りなかった。大学編入は失敗に終わる。

 

 

 

完璧を求める私の頭は硬く柔軟性のある考えができていなかった

 

今思えばこだわりすぎていたし、嫌な存在に目くじらを立てる時間があれば、それをもっと自分のために使っておけばよかった。

 

その状況でも自分次第で、やれることはたくさんあったはず。


 

恋愛がやめられないメンヘラ女子

 

 

3年付き合った彼とは鬱病発症後に別れた。

 

その後、恋愛がいつも上手くいかないので、短いスパンで出会って別れてを繰り返していた。

 

今思えば、私は完全なるメンヘラ女子だった。

 

 

 

私の場合は元気があるときは社交性があり、飲み会やパーティなど知らない人が大勢集まる場所に行くことができたので、出会いも人並みにあった。

 

20代前半は恋愛に興味があるし、彼氏が欲しいと思う年頃だ。トキメキたい、デートしたい、クリスマスを一緒に過ごしたい。

 

さらに加えて私が彼氏に求めていたこと。

 

  • 躁鬱病への理解
  • 辛い時の共感
  • 精神的な支え

 

自分を安心させてくれる存在が欲しかったし、恋愛にのめり込むことで幸せな気分に浸り、嫌なことも忘れられると思っていた。

 

付き合う前には彼に躁鬱病で学校を休んでいることを伝えていた。みんなそれでもいいと言ったが、私にずっと寄り添ってくれる人はいなかった。

 

私もその時は躁鬱の波がひどかったし、冷静な状態を保てず衝動的な言動(泣きやすい)があったと思う。

 

  • 連絡が取れないと不安
  • 毎日でも会いたい
  • 会えない時間は浮気しているのではないか
  • うつ状態を見せたら振られるのではないか

 

同じ年頃の彼は、自分の生活でもいっぱいいっぱいなのに、彼女の面倒をつきっきりで見る余裕はない。

 

私だけがのめり込んで、1人で悲しくなって、彼にとってはめんどくさくて重い存在になったのだと思う。

 

付き合ったはいいが、躁鬱病である自分に自信は全くなく、幸せを感じることは少なかった。

 

彼と別れることになると、

 

「やっぱり、躁鬱病のこんな私には彼氏はできないよね。」

 

と自分にはやっぱり価値がないと落ち込む。

 

しばらく鬱状態でいるのだが、またすぐに彼氏を探し始める。

 

だって、他に興味のあることなんてなかったから。好きだった事も嫌いになってしまったので没頭できるような趣味もなかった。生きがいを感じれることがなかった。

 

1人ではどうにもできないこの生活を誰かに支えて欲しかった。

 

その後、理想の彼氏を求めては何人かと付き合ったが、どの人も1、2ヶ月ほどしか続かなかった。

 

 

10分の会話で3日間の後悔

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あーーー。なんだか気分が悪い

 

今日、ばったり同級生に会ったからだ。

 

 

 

散歩をするのが私の日課。犬のためでもあるが、自分のためでもある。外を歩くと気持ちがいいし、気分転換にもなる。

 

もう家に帰ろうかというところで、たまたま近所に住む同級生に会った。数ヶ月に1回、道端で立ち話をする。

 

同級生なので話はしやすい。

 

「元気?」

「旦那さんどうしてる?」

 

たわいのない会話。

 

会話している時は、彼女の近況を聞きたいし、楽しく感じている。

 

サクッと10分ほど会話した後、帰宅する。

 

するとなんだか不安になってくる。

 

変なこと言ったのではないか?

 

自分のことばかり話したのではないか?

 

彼女が嫌な思いしたのではないか?

 

あー、あんなこと言うんじゃなかった!

 

暴言を吐いたわけでもないし、傷つけるようなことは言ったつもりはないのだが、自分が発した言葉の細かい部分が気になってくる。

 

 

 

小さな田舎の町なので、散歩の時に近所の人に会えば少し話をする。

 

だが必ずって言っていいほど後悔する。

 

また変なこと言ったのではないかと、自分が恥ずかしくなってくる

 

いつものパターンだと、3日ほどこの事を考え続ける。

 

なんでだろ。楽しく会話したいのに、なかなか言葉が出て来ないし、上手く話せない自分が嫌いだ。

 
なるべく人に会わない時間帯を選んで散歩しようと思う。

 

やっぱり人と関わりを持つことは私にとって少しの事でもストレスになりうるから。

 

 

好きなユーチューバーが鬱だった

 

 

数年前から英語の勉強としてYoutubeを見ることがある。英語を教えてくれる動画を検索していた時に見つけたのが井上ジョーさん。笑いたい時は、彼の動画を見るようにしている。

 

 

 

井上ジョーとは

 

歌手・作詞・作曲・音楽プロディーサー・ユーチューバー。

 

『井上ジョーJAPAN』 Youtube 登録者31.5万人(2021年2月現在)

www.youtube.com

 

両親は日本人だが、彼は生まれも育ちもアメリカなので、いわゆる日系アメリカ人。

 

日本で育ったのではないかと疑うほど、日本語が上手。さらにポルトガル語や北京語まで話せるマルチリンガル

 

NARUTO」のオープニングテーマ「Closer」の歌手(作詞作曲も)でもある。また関ジャニや他アーティストへ楽曲提供も行なっている。 

 

 

 

動画の内容としては、

 

  • 英語の正しい発音
  • アメリカの文化
  • 音楽に関すること
  • 自身のミュージックビデオ

 

などだが、どれも面白い!!コントのような動画もあったり、芸人になった方がいいのではないかと思うほど(笑)。海外に興味がある人はもちろんだが、それ以外の人も楽しめると思う。

 

最初に見た動画の感想は、

 

「すごい勢いがあって、1人でたくさん話せてすごいな。やっぱりアメリカ人だからこんなにテンション高くて陽気なんだろうな。元気で羨ましい。」

 

だった。

 

彼の元気の良さに圧倒されながらも、動画を見て笑って、嫌なことも少し忘れることができた。

 

 

 

最近久しぶりに彼のチャンネルを見て見たら、なんとについて話している動画を見つけた。

 

普通の人が簡単に鬱って言葉を使う感じで言っているのかなと思ったが、違った。

 

いつものハイテンションな彼の表情とは全く違う。別人のように見えた。

 

鬱の波にのまれている今の自身の状況を淡々と話している。

 

彼は毎日悪夢で目覚め、鬱になるといつもお腹の調子が悪くなるらしい。

 

彼の症状と私の症状は全く同じではないが、共感できる事がたくさんあった。

 

なんだか複雑な気分になった。

 

ユーチューバーとして応援していた人、笑わせてくれていた人が実は鬱だったなんて・・・

 

なんだか少し悲しくなった。応援していた人が苦しんでいるのは胸が痛くなる。

 

その反面、ここにも私と似たように悩みを抱えた人がいるという、ちょっとホッとした気持ちもある。

 

こんなに陽気で多才な人でも、苦しむ時もある。悩みながらも楽しい人生を送ろうとしている。

 

色んな気持ちになったが、最終的に、

 

「私もなんとかやってみようかな。」

 

という前向きな気持ちになってきた。


これからも面白い動画も鬱の動画もどちらも見て、彼を応援したいと思う。