躁鬱の完治は諦めてます。

躁鬱歴15年&HSP。幸せを感じるのって難しい。

新しい職場で働きだすが、やっぱり鬱

 

数ヶ月ほど無職だったが、ついにアルバイトを探すことにした。

 

日本であれば言葉の壁もなくすぐに仕事を見つけることは出来るかもしれないが、私の住んでいる国では現在失業率が高く、外国人が仕事を見つけることが難しい。

 

毎日求人サイトを見ながら1日に何通も履歴書を送っていたところ、1ヶ月後にやっと飲食店の仕事を見つけた。

 

パート勤務で時給も安いが、無職だった私は貯金を切り崩して生活していたので、やっと働けると思ったら嬉しかったしやる気がみなぎっていた

 

 

 

勤務初日。

 

感じのいい同僚ばかりだし、初日にしては緊張しなかった。

 

それに気負い込みすぎると体や心がもたないことも経験上わかっていたので、余裕を持てたし気持ちがよく働けた。

 

出だし好調だ。

 

 

 

勤務を始めて2週間。

 

少しずつ仕事内容を覚えてきた。

 

時間はかかってしまうが、メモを見ながら仕事を自分で進められるようになった。

 

ちょっと自信がつく。

 

でもすぐに鬱に転換しまうのが私だ。

 

ミスをしてしまったのだ。

 

新人だからミスなんて当たり前のことだし、周りに助けを求めればいいのだが、怒られるのが怖くて誰にも言えなかった。

 

一度怒られると気持ちが沈み込んで心が辛い。

 

結局仕事が終わるまでズーンと気持ちが重く、顔が引き攣る。

 

時間が流れるのが遅かった。

 

結局最後までミスを放置し、同僚に謝ることができなかった。

 

不幸中の幸い、私が思っていた失敗は大きな問題にはならなかったようだった。

 

 

その日の夜から鬱スタート

 

ミスをしてしまったこと、謝ることができなかったこと、仕事ができない自分を責める

 

そして鬱がある時に出る独り言が始まる。

 

私「しね。しね。しね。」

 

無意識に出てしまうから怖い

 

言っておくが、希死念慮はないので本当にそうしたいとは思っていない。

 

ただ、怒った出来事と鬱状態の気持ちに対して『記憶から消えてほしい』という意味で言葉を発してしまう。

 

やっぱり出てしまった、この症状。

 

以前働いていた時にもたまにあった。

 

仕事を始める前まではあれだけやる気があったのに、どこかへふっ飛んでいってしまった。

 

これからしばらくこの職場で働くと決めたのに、急に憂鬱になってしまった。

 

どうしようか・・・。

 

貯金も少ないし、他の場所で採用されるかもわからない。

 

辛くてもやるしかない・・・。

 

友達にラインをブロックされたと知った日③

 

友達C「それでね、今度旅行でね子が住んでいる国に遊びに行こうかと思ってるの。」

 

私「いいね、会おうよ!どこの都市に行くの?」

 

私はワクワクした。

 

前みたいに一緒に旅行ができる。

 

最初は有名観光都市Xで会おうと思ったが、私は現在田舎町に住んでいて、飛行機に乗らないとXには行けない。

 

往復航空券は3万円。

 

ギリギリの生活をしている私だが、これを逃したら後数年Cに会えないかもしれないと思うと、値段は高いが払っても良いと思った。

 

Cと電話を切った後に彼に相談するが、なんと反対されてしまった。

 

彼「航空券が高すぎるよ!友達が君に会いたいと言ってきたなら、その人がこっちにくれば良いじゃん。」

 

確かに、でも私が住んでいる町に来ても田舎すぎて遊ぶところがないのでつまらないし、レストランもレベルが低いのでおいしくはない。

 

絶対に私が観光都市Xに行った方が楽しいに決まっている。

 

何度話しても、彼から理解は得られなかった。

 

今年中に帰国の予定もあるし、日々の生活も出費が多くて貯金がほぼ出来ていない。

 

航空券3万円と宿泊や食事を含めたら、1泊2日で5万円は超えるだろう。

 

彼「Cがこっちに来てくれたら、僕が車でどこか連れてってあげるから。」

 

渋々その案をCにラインのメッセージで提案してみた。

 

私『ごめん、やっぱりXに行けないや。Cちゃんが私のいる町に来るのはどう?田舎だし何もないけど、彼氏がどこか湖とかドライブに連れて行ってくれると言ってるよ。』

 

友達C『え?ね子の彼氏ってなんなの?そんな提案されなくても自分たちで旅行できるから大丈夫。ね子って彼に支配されてるね。』

 

Cって本当に正直だ。

 

自分のやりたいことをするし、人に左右されることが嫌い。

 

自分たちの経済状況は話してはいたが、なんで彼氏に旅行を止められてるのか意味がわからなかったらしい。

 

私も最初航空券が高くて渋ったりしていて、サクッと返事できなかったこともCをイライラさせたのだろう。

 

私『ごめんね、じゃあ残念だけど今回はCちゃんと会えないね。』

 

その後、Cが他の友人と旅行先で合流するとも話していた。

 

最近入国審査が厳しいから、女性1人での旅行は警戒されていて、強制送還になることもあるとニュースで見た。

 

心配した私は良かれと思ってアドバイスをした。

 

私『最近入国大変らしいから、現地の友達の情報、泊まるホテル、旅行プランとかしっかり準備して行った方がいいよ。気をつけて。』

 

友達C『私海外旅行は何度もしているし大丈夫だよ。でもそんなこと言われたら心配になってきたんだけどー!。』

 

心配性の私は余計なことを言ってしまったのかもしれない。

 

またCをイライラさせてしまったようだ。

 

友達C『ちゃんと観光で行くし、やましいことないから大丈夫だよ。また時間があるとき遊ぼう。』

 

私はCを怒らせたっぽい。

 

 

 

その後私が送ったメーセージは既読にはならなかった。

 

数日後もメッセージしてみたが、それも既読にならない。

 

初めて友達にラインをブロックされた。

 

メッセンジャーの会話も退出されている。

 

『また時間のある時に遊ぼう』というのは嘘だろう。

 

Cはちょっと短気なところもあるが、そこまでするとは思わなかった。

 

友達にブロックをされた経験のない私はショックだった。

 

HSPで躁鬱の私はどんでもないことをしてしまったのではないかと、いろんなことをグルグルと考え、大いな後悔を感じた。

 

 

しばらく悲しかったが、後悔とは反面、だんだんと違う気持ちになってきた。

 

私はそんなに悪いことをしたのだろうか!?

 

はっきりした返事ができなかったし、一緒に旅行の予定を立てられなくてイライラさせてしまったかもしれないが、連絡をたまに取りつつ、次回また会う予定を立てたら良いのではないだろうか。

 

友達Cとは関わりたくないと思いだした。

 

そんなことで怒ってブロックしてしまう人は友達とは呼ばない。

 

再び繋がれたことは嬉しかったが、なんか残念な出来事になってしまった。

 

Cにとって私はその程度の存在だったんだね。

 

もう私から連絡することもないし、心配することもない。

 

長年の友人との別れになってしまった。

友達にラインをブロックされたと知った日②

友達Cと連絡がとれなくなった後も、返事が来ないとわかりつつも半年に一回は『Cちゃん、元気にしてる?』とメッセージを送っていた。

 

 

そして2年が過ぎたある日、メッセンジャーにメーセージが表示された。

 

友達C『ね子、元気にしてる?』

 

・・・

 

これは夢か幻か。

 

Cから連絡があった!

 

半信半疑ですぐに返信する。

 

私『Cちゃん、久しぶり!どうしてたの!?』

 

友達C『ごめんね、連絡してなくて・・・。元気にしていたよ。』

 

話が長くなりそうなのでその後電話をすることにした。

 

私「心配したよ!でも元気そうでよかった。ここ数年何があったの!?」

 

友達C「あの後、ガンは再発しないで元気に過ごせていたし、仕事も見つかって今は働いてるんだ。あと彼氏もできて、今同棲してるの。」

 

すごい!

 

仕事もできて、素敵な彼氏も見つかって、本当に良かった!

 

話しっぷりから、私よりも元気なんじゃないかと思うほど以前と変わらない感じだった。

 

でもなぜ私と連絡をとってくれなかったのだろうか?

 

C曰く、鬱になった時に誰とも連絡を取りたくなくて、SNSの全部の連絡先を消したそうだ。

 

少し悲しかったが、理解はできる。

 

自分が辛い時に、友達のリア充な生活を見たくないし聞きたくもない。

 

自分と比較して辛い気持ちになってしまうのはわかる。

 

そしてその後徐々に体調が回復して今に至るらしい。

 

Cが元気になってくれて、前みたいな電話したり遊んだりできる付き合いができると思った。

 

友達C「新しいライン教えるからそっちに連絡してくれる?その方が便利だし。」

 

Cの新しいラインを登録した。

 

以前と同じアイコン写真だった。

友達にラインをブロックされたと知った日①

 

私には2年間連絡が取れない友達Cがいた。

 

友達Cとは20代の時に知り合い、15年来の仲で、若い頃はよく飲み会や旅行に行っていた。

 

友達Cはモデルのような美人できっぱり好き嫌いを言う、はっきりとした性格。

 

むかついたらすぐ言葉で反論するようなちょっと攻撃的なところもあれば、私を守るために人にはっきり文句を言ってくれて守ってくれる優しいところもある。

 

私が遠方にある実家に引っ越し他あともワーキングホリデーに行っている時も、日本・海外問わず、年に一回くらいは会っていた。

 

2年前にそんな友達Cと突然連絡が取れなくなった。

 

何度もラインやメッセンジャーにメッセージをしても返事が来ない。

 

私は嫌な予感がしていた。

 

 

実はCは3年ほど前に子宮頸がんと子宮がんになり、子宮全摘出の大手術をした。

 

まだ30代だったし、結婚願望があり子供をいつか産みたいとずっと語っていたのでかなりのショックだった。

 

昔からの友達がガンになった事で私もショックを受けたし、Cから電話があるたびに悩みなどを聞いていたが、なんと声をかけて良いかわからなかった。

 

体がだるいし動けない、抗がん剤治療が死ぬほど辛い、免疫力がないから外出できない(コロナ禍)、髪の毛が抜ける、恋愛が怖くてできない、病気再発の可能性、手術後の生存率の低さ・・・

 

Cの悩みは私の想像以上だった。

 

時々Cは泣きながら電話してきたし、鬱にもなっているようだった。

 

本当に可哀想だし、こんなことって人生に本当に起きるんだ・・・。

 

私も双極性障害歴15年以上だし、癌ではなかったが病気の辛さはある程度はわかっているつもりだ。

 

完治が難しい病気は心が病んでしまう。

 

Cから電話があるたびに話を聞いて、自分なりに寄り添おうとした。

 

そんな中突然Cと連絡が取れなくなり、体調が悪くなったのか、入院してしまったのか、癌が他に転移してしまったのか、もしかして・・・と悪いことばかり考えていた。

 

眠れない夜と呼吸困難の理由

 

10ヶ月ぶりに外国に住む友人Aに電話をしてみた。

 

私「久しぶりー!元気にしてた?」

 

A「久しぶり!元気にしてるよ。」

 

海外で一緒に暮らしたこともある友人Aとの会話に、懐かしさを感じる。

 

私の近況から話しだす。

 

私「今は外国にある田舎のレストランで働いていて、永住権申請のために頑張ってるけどなかなかうまくいかないんだよね。」

 

以前と変わらず苦しい状況にいることを伝えた。

 

Aといえば、前回電話をした時に外国に住みたいがビザ問題を抱えていると言っていた。

 

私も同じような状況なので、気になっていた。

 

私「Aはどうしてる?ビザを更新しようか日本に帰ろうか悩んでたけど、どうなったの?」

 

Aが話し出す。

 

話を聞いていると、数年間海外で暮らしていたAはビザが切れるため帰国しようと思っていたが、土壇場で付き合っていた彼氏急遽結婚し、彼から就労ビザをもらって今もそのまま海外に住んでいるらしい。

 

そして彼は永住権を申請中で、永住権が高い確率で取れそうなのだという。

 

ということは配偶者であるAも自動的に永住権がもらえて、ずっと海外で住むことができる。

 

なんと羨ましい!

 

私と彼氏は7年ほど永住権がもらえずに毎日もがいているというのに。

 

すぐに他人と自分を比較してしまう。

 

私「いいなー!私も早く永住権が欲しいな。永住権がもらえないと生活が安定しないから、妊活もできないし、また卵子凍結をしないといけないんだよね。高齢出産できるか不安もあるし、この状況が辛いんだよね。」

 

私がここ数年、厳しい生活状況にあることを伝える。

 

私「急な結婚だったけど、旦那さんはどうしてる?」

 

A「旦那も私も働いてるし、なんとか生活してるよ。仲良いいし、うまくいってる!・・・あのー言い難いんだけど妊娠してるからもうすぐ仕事辞めるんだよね。」

 

あー・・・

 

私の表情が引きつる

 

私は妊婦や赤ちゃんの話題にとても敏感だ。

 

私「・・・おめでとう!すごいね!働いてて、体大丈夫なの?」

 

その後、感情のこもらない会話を続ける。

 

 

その日の夜は何度も目が覚め、睡眠時間は4、5時間ほどでぐっすりとは眠れなかった

 

寝不足のまま2度寝もできず、朝はぼーっとしていた。

 

Aは結婚して永住ビザも取得できそうだし、妊娠もしている。

 

私が欲しいものを全部持っている

 

Aのことが羨ましくてしょうがない。

 

Aのことも含め、他にもやらなきゃいけないことを考えていると、急に胸が苦しくなって呼吸がしづらくなった

 

怖い、死ぬかも・・・

 

去年、あることでショックを受けた時も似たような症状があった。

 

寝転んだり、深呼吸をしたりしていると3分ほどで症状が改善し、元通りに呼吸ができるようになった。

 

鬱で気持ちばかりがやられているわけではなく、もしかしてストレスで心臓にまで負担かかってる!?

 

ここ1年で2回も呼吸困難になるなんて、私ってやばいかも!?

 

人は人、人生それぞれ、平常心を保つように気をつけたい

 

やる気のない無職女

私の住んでいる国でビザをもらって住んでいるのだが、ビザ更新の関係上、半年ほど無職だ。

 

3年間働いていた仕事を辞めたばっかりの時は、仕事をしていない自分が変な感じがした。

 

時間がありすぎる毎日。

 

時間ができた時にやりたいことはいっぱいあった。

 

  • ジムに通う
  • 語学の勉強
  • 読書
  • 映画やドラマを毎日見る

 

最初は生活の変化で体調が悪くて丸一日寝ていたりしたので、体調が戻ったらやりたいことをやろうと思っていた。

 

その不調がなんと1ヶ月半も続いた

 

そうなると、ゴロゴロ寝ていることが当たり前になっていった。

 

 

現在は何もやる気がなく、寝て起きて食べて寝て食べて寝ての繰り返し

 

1日の半分以上はベッドの上に居る。

 

映画やドラマを集中して見ることさえできない。

 

ましてや勉強などもってのほかだ。

 

何もやる気がない

 

食べるか寝ることしか考えていない。

 

仕事に行かなくなってからジムに行けたのは半年中5回。

 

体力も無くなっている。

 

近くに友人が住んでいないので、気分転換で遊びに出かけることもない。

 

楽しいことが何も考えられない

 

不眠と過眠は不調のサイン 

 

私は双極性障害だが、今まで睡眠には全く問題なく暮らしていた。

 

昼寝しても夜も問題なく寝れるほど、毎日が快眠だった。

 

そんな私は2ヶ月前から妊活問題、断薬、経済状況、ビザ問題が原因で不眠症状態だった。

 

不安で頭がいっぱいで寝付きは悪いし、夜中に何度も目が覚めて、睡眠時間が3〜5時間ほど。

 

卵子凍結の治療のために2ヶ月帰国することになったが、不眠は帰国中ずっと続いた。

 

 

 

日本から帰ってくると、今度はびっくり過眠症に陥る。

 

1日の半分以上は眠り続けた

 

原因として考えられることは、薬の服用を開始したことと、無事に彼とまた一緒に暮らし始まることができた安心感、そして時差や気温差などからくる体調不良だと思う。

 

いろんな変化で体がついていかなかった

 

眠れることは良いことだが、眠りすぎて今度は体が痛くなる。

 

でも散歩や運動する元気は出ない。

 

ベッドに横たわっているとまた眠りに落ち、また肩や首が痛くなって悪循環になる。

 

調子が整うにはもっと時間が必要なようだ。

 

双極性障害の卵子凍結体験 ⑨初卵子凍結の費用

 

私が通った所は昔からある病院でよく知られているが、他の病院と比べて卵子凍結は割と安価な方だと思う。

 

診察料、血液検査料、ホルモン治療、採卵手術、全部を合わせて大体50万円ほどかかった。

 

これは使用する薬の量によって変わってくる。

 

(ちなみに私の実家は田舎にあるので、航空代金などの通院費用、ホテル滞在費等は別に20万円ほどかかった。)

 

もし未受精卵を受精させて子宮に戻す治療をするとなると、さらに40〜50万円ほどかかるようだ。

 

 

アラフォーの私の場合、医療費のシミレーションは以下のような感じになる。

 

若い人だと一度の採卵で20個ほど卵子を採取できる人はいいが、私の場合20個採取しようと思うと7回ほど採卵しなければいけない。

 

50万円×7回=350万円

 

さらにその後体外受精をして子宮に戻さなければいけないが、私の年齢だと一回で卵子が子宮に定着し妊娠する確率は低い。

 

というのは高齢になると流産の確率が上がるからだ。

 

もし体外受精を5回ほど繰り返すとすると、

 

50万円×5回=250万円

 

卵子採取と体外受精費用を合わせると、

 

350万円+250万円=600万円

 

私の勘ではあるが、1人妊娠するための費用は600万ほどになるかもしれないと考えている。

 

それだけお金をかけても妊娠できるとも限らないのだが・・・。

 

費用は未知数

 

実際にやってみないと誰もわからない。

 

 

 

何が妊活の正解なのかわからなくなってきたが、可能性が1%でもあるのであれば後悔は多少は無くなるかもと思っている。

 

自然妊娠できる人は、体の負担も費用も少なく、とても幸せなことだと思う。

 

双極性障害の卵子凍結体験 ⑧治療を終えての感想

 

手術の翌日。

 

前夜リーマスを久しぶりに服用したせいか、治療が終了し安心したせいか、いつもよりよく寝れた。

 

でもなんか心が空っぽ

 

健康のためにしばらく朝散歩していたが、外に出る気がしない。

 

焦燥感というのだろうか、頑張っても結果が追いつかないって辛い。

 

卵子凍結を調べだしてから2ヶ月半、弾薬しながら気力と能力を使ってきたが、無駄になった気がしてならない

 

仲のいい友人たちには話したが、私に励ましの言葉が見つからないので、『そっかー・・・。』と言われるだけ。

 

毎日のように母に愚痴を吐いてしまう。

 

毋「しょうがないじゃない。あなたができることはやったんだから。」

 

なだめるように何度も言われる。

 

人生にはうまくいかないことがたくさんあるが、それを受け入れていかないといけない

 

今後の計画としては、健康的な生活をしながら一年後にまた卵子凍結をする予定だ。

 

願いとしては早く生活が安定して普通に妊活できればいいのだが、あと数年はもやもやした気持ちを抱きながら過ごしていくのだろう。

 

双極性障害の卵子凍結体験 ⑦予想外の結果

 

着替えを終えてしばらく待っていると看護師が部屋に来て、オペをしてくれた医師のところへ案内してくれた。

 

医師「違和感はありませんか?手術後はしばらく出血するかもしれません。あと術後にお腹が痛くなるかもしれないので注意してください。」

 

術後に腹痛で入院する人もいると言う話はネットでも調べていたので知っていた。

 

自分はそうならなければいいなと願う。

 

医師「事前に卵子は8個だったのですが・・・、採取できたのは3個でした。いくつかは十分な大きさではなかったり、破損したりしていました。原因はよくわかりませんが、ご自身が使用されていた精神薬、またはストレスかもしれません。もし次回卵子凍結をすることになったらホルモン剤の量などを変えたりしてみましょう。」

 

医師の話し方からして、思ってもみなかった結果だっと察知する。

 

私は8個全部採取できるものだとすっかり思い込んでいた。

 

たった3個。

 

事前に医師に聞いたり調べたりした情報だと、私の年齢で未受精卵から妊娠に至る確率は20個で1人を妊娠できる計算になるらしい。

 

今回採取できた卵子は3個だとすると、妊娠率は15%

 

え、確率的に無理じゃん!?

 

こんなに長期間調べて、ホルモン注射を毎日して、お金も時間もかけて、こんな結果しか出ないのか・・・。

 

頭が真っ白

 

無の感情で待合室に戻り、支払いを終え、帰宅の準備をする。

 

 

実家に帰るために電車で空港にむかうのだが、体に力が入らなかった

 

駅のホームで電車を待っている時に立っていられなくて、しゃがみ込む

 

電車に乗り込むも、混んでいて椅子に座れない。

 

大きなスーツケースを持ちながら、電車内の通路でもしゃがみ込む

 

誰も席をかわってくれない。

 

こんな時、以前市役所からもらった赤いヘルプマークを持っていれば良かったと後悔した。

 

電車に揺られて30分後に空港に着き、そこから地元の空港へ向かって飛び立つ。

 

 

 

地元の空港には父が迎えに来てくれた。

 

車の中でボロボロと泣きながら採卵手術をしたことを報告。

 

父は黙って聞いていた。

 

とても悲しいし切ない結果

 

その夜からいつも通りリーマス(リチウム)を服用し、泣き疲れて早々と寝てしまった。