10月、オーストラリアは春になり、再び農業の仕事が始まった。
以前は果物の箱詰めをしていたのだが、これからは果物の若い実を間引きする。
リンゴの木にたくさんの小さな実ができるのだが、1つの枝に1つか2つ実を残してあとを取り除く。
こうしないと大きく立派な実にはならないらしい。
木は3〜4mあるので、上の方は大きな脚立に登って間引きをする。
手が届かなくなったら下に降りて、脚立を2メートル程移動させて、またそれに登っていらない実を切り落とす。
これを永遠と繰り返す。
今まで農業に全く興味はなかったが、新しい体験だったし、黙々と作業できるこの仕事が結構気に入っていた。
そして同僚とも仲良くやっていると思っていた。
仕事を始めて2週間ほどして、職場のオーナーからメールが届いた。
「マネージャーからあなたの話を聞きました。仕事が遅く、効率よく働けていないので解雇します。」
え??寝耳に水だった。
仕事を再開して間もないのにクビ!?
まだ慣れてないのに早く仕事ができるばずがない。
というか、いつも一緒に働いているマネージャーにそんなこと一言も言われたことがない。
これが人生で初めての解雇宣告だったのでショックだった。
とりあえずオーナーに直接抗議しようと思った。
農園の一画にあるオーナーの家に行く。
オーナーに会うのはこれで3回目だ。
普段は滅多に顔を会わせることがないので緊張する。
私「確かに私の仕事は遅かったかもしれませんが、まだ始めたばかりだし、マネージャーからは何の注意もされたことがありません。もしマネージャーに遅いと言われても直らないのならば仕方ありませんが、今回は納得いきません。」
オーナー「マネージャーはあなたに言っても仕事が遅いままだと言っているの。忠告しても直らなかったから辞めてほしいの。」
涙が溢れた。
マネージャーは私に「もっと早くしなさい。」など一言も言わなかったと何度も伝えたが、
私の英語が下手で言いたいことが上手く言えない。
突然無職になった私は泣きながらシェアハウスに帰った。
その話をフランス人のハウスメイトにする。
フランス人「なんだそのマネージャーは!なんで急に解雇するんだ!!そんなやつ気にするな!!そんなところ早く辞めて良かったよ!!そんな所で働かなくていい!!」
とメソメソと落ち込む私の代わりに、彼が怒った。
「早く辞めて良かった。そんな場所で働いてやるもんか。」と思う強気な性格が少し羨ましかった。
私は解雇にがっかりした反面、自分の仕事ぶりが悪かったせいもあるかもしれないと自分に非を感じて、それほど怒りは湧いてこなかった。
それよりも悲しみの方がはるかに強かった。
しばらくして、クビになった農家で同僚だった日本人と話す機会があった。
私が辞めた後すぐに台湾人の女の子達を採用し、マネージャーが熱を上げているらしい。
マネージャーはマレーシアからの移民で、40歳くらいの独身男性だった。
実は数ヶ月前まで私とマネージャーは友人として仲が良かった。
いつも数人でドライブしたり、一緒にご飯を食べたりしていた。
それにも関わらず、急に解雇された時はショックだった。
同僚曰く、マネージャーは新しく女の子を雇用したかったらしい。
仲が良かった頃に一緒に遊んでいた女の子が引っ越し、さらに私に彼氏ができたことを知り、もう私は用無しになったようだ。
私を解雇した後は、仕事の後や週末までその新人の女の子達にストーカー並みにべったりしているらしい。
『若くて可愛い、彼氏のいない女の子と一緒に働きたい。』
マネージャー本人と話したわけではないが、これが私を解雇した大きな理由だと思った。
こんな理不尽な雇用と解雇はきっと今回だけでなないと思うし、他にも彼についての苦情も多々聞いていたが、なぜオーナーはマネージャーを辞めさせないのだろう?
毎年ワーキングホリデーで農業をしたい外国人はいくらでもやってくる。
しかしオーストラリアの山奥で長年農家のマネージャーをしてくれるオーストラリア人は少ない。
そして彼はマレーシア出身なので英語と中国語を話し、更に少し日本語も理解できるので、ワーキングホリデーでやってくるアジア人達とコミュニケーションが取れる。
オーナーにとっていくらでも替えの効く外国人よりも、マルチリンガルで長年働いてくれるマネージャーの方が大事で手放せないのだろう。