躁鬱の完治は諦めてます。

躁鬱歴13年。幸せを感じるのって難しい。

ヨーロッパでの飲食店アルバイト⑦ 〜我慢の限界と涙の訴え〜

 

ある日、マネージャーは朝から何かに対して不満を持っていたのか不機嫌そうだった。

 

そんな雰囲気を察して、私もピリピリしてくる。

 

そして開店準備も終わり営業前の朝礼が始まった。

 

スタッフ全員が半円を描いて並び、その半円の真ん中にマネージャーが立って話を始めた。

 

前日の売り上げの話や、反省点について伝えるのだが、そこでウエイトレスたちに対して怒った。

 

開店準備をしている時点から嫌な予感はしていたのだが、ついに今まで我慢していたものが崩壊した。

 

涙が溢れて止まらない

 

それがみんなの前で泣いてしまったので、もう涙を隠すことはできない。

 

この際なので言ってしまおう。

 

私「なんでそんなにいつも怒る必要があるの?私たちはそんなに大きな失敗をしてるわけじゃないじゃん!」

 

私は泣くと話せなくなってしまうのだが、この人にはちゃんと言わないと伝わらないと思い、泣きながらも今思っていることを伝えた。

 

すると彼の第一声。

 

マネ「なんで君はそんなに泣いているんだ!子供じゃないんだから!」

 

私だって泣きたくて泣いてるんじゃない

 

この人には何言ってもダメだと感じた。

 

彼が私が躁鬱病だとはもちろん知らなかったが、スタッフが泣いて訴えているのにそれを聞こうともせず、怒り返すってどうなのだろう。

 

泣くほど不満を持ったまま、今まで耐えて働いてきたということがわからないのだろうか。

 

「そうか、ちょっと怒ってばっかりだったかもしれないね。ごめんね。」というような、私が期待するような答えが返ってくるはずもなかった。

 

マネ「仕事なんだから怒ることはあるよ。でも私はこんな性格なんだよ!

 

と非を一切認めることなく開き直り、彼はそう締めくくった。

 

こんな人のところで働きたくないと思った。

 

仕事を早く辞めてしまえばよかったのだが、ビザも残り少なかったのでこれから新たな仕事を見つけることは難しく、仕方なくもう少し働き続けることにした。

 

なるべく仕事中は彼の目を見ないように、顔を合わせないようにして、みんなの前で泣いて恥を晒したことを思い出さないように過ごした。

 

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次々とスタッフは辞めていくし、ずっと働いているスタッフからもよく思われていなかったマネージャーなのだが、社長からは一目置かれる存在であった。

 

社長の考えとしては、このマネージャーは仕事の能力と語学が長けていて外国でビジネスをしていくには欠かせない存在なので、彼に付いてこられないやつは仕事を辞めても構わない、というスタンスだった。

 

なのでマネージャーが他店に配属が変更になるとか、クビにならないことはもちろん、社長が苦言を呈することもなかった。

 

人望の厚く、スタッフ育成が上手な人にマネージャーをして欲しいと思ったが、それは夢物語であった。

 

 

 

店で長く働くならば、就労ビザを出して長くこの国に滞在できるようにしてくれる、という店側の提案もあったが断った。

 

外国に長く住むことができるのは、私にとっては魅力的ではあったが、あのマネージャーのもとで働き続けるのは耐えられなかった。

 

HSPで人の感情に敏感で、怒られることにトラウマを感じている私には辛い職場だった。

 

6ヶ月勤務した後に日本へ帰国した。