躁鬱の完治は諦めてます。

躁鬱歴13年。幸せを感じるのって難しい。

HSPの小学生時代 〜団体行動と自分の意見〜 

 

思い起こせば小学生の頃。

 

毎年夏休みには友人と一緒に、ミステリー列車という子供向けのツアーに参加していた。

 

なんだか怪しげな名前だがこのツアーの目的地は知らされておらず、どこに行くのかは着いてからのお楽しみ、という小学生にはワクワクするものだった。

 

大抵の場合は遊園地へ行くことになっている。

 

夏休み前になると子供達はソワソワしだす。誰とグループになって、ツアーに行くか決めなければいけない。

 

いつも同じ町内の女の子達とグループを組んでいたが、毎年多少のメンバー交代がある。

 

「A子も連れて行こう」

「B子は嫌いだから一緒に行きたくない」

「C子とD君は付き合ってるから一緒のグループね」

 

など、小学生にとっては夏休みの楽しい思い出を作るための大きな議論だ。

 

私は少人数で行動することを望んでいた。というのは大勢だと意見がまとまらないし、めんどくさいからだ。

 

だが私のグループには苦手なE子がいた。わかりやすく言うと、女版ジャイアンというイメージ。 

 

面白い子なのだがいつも自分の意見を突き通して、周りの意見を聞かない。さらに毒舌でよく人を攻撃した。いじめまでではなかったが、E子に何か言われるのが怖かった。

 

私は自分の意見を言うことが苦手だし、言ったとしてもその意見は通らない。E子といると全て決められて、それに従うしかない。

 

今思うと嫌いな子と付き合う必要はないのだが、小学生だった私は田舎の小さなコミュニティに住んでいて、他に選択肢がなかった。今いるグループでうまくやって行かなければいけないと思い込んでいた。

 

少人数を希望してみたのたが、いつも通りE子が意見を押し通した。彼女が気に入った子をメンバーに選び、大人数のグループとなった。

 

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ミステリー列車ツアー当日、やっぱり目的地は遊園地だった。そしてやっぱり不安は当たっていた

 

思った通り、大人数の団体行動は何事も決めるのにも時間がかかった。どの乗り物に乗るとか、何を食べるとか・・・。なかなか決まらない相談の時間が勿体無く思える。相談している時間があったら、もう1つ乗り物に乗れるのに。私は昔から効率の悪いことは嫌いだった。

 

しかし「時間がなくなっちゃうよ!早く次の乗り物に乗ろう!」とはみんなに言えなかった。

もし意見を言えばE子からの攻撃を受けるかもしれないし、他の友人からも嫌われるかもしれないと思ったからだ。

 

素直に「あー楽しかった!!」と思える日にはならなかった。ぐたぐたしてしまって、思うように乗り物に乗れなかったと少し後悔した。

 

 

 

当時は躁鬱病発症前だったので、そこまでイライラせず落ち込むこともなかったが、この経験をとてもよく覚えている。

 

HSPという言葉は知らなかったが、幼い時からの私の性格として団体行動や意見を言うことは苦手で、人から嫌われたくないと強く思っていた。