2台の車を廃車後、大鬱に耐えて少しづつ以前のような生活に戻って来たが、また試練はやって来た。
一緒に住んで居た彼から突然別れを告げられたのだ。
彼氏のおかげでこのシェアハウスに住めたし、たくさんのオーストラリア人やヨーローッパ人と出会うことができた。
カルチャーショックはとても大きかったが、他の国の文化を知ることができたし、この環境だったからこそ英語も上手になった。
日本人だけが住むシェアハウスでは体験できないことばかりだった。
彼のことで悩んだ時期もあったが、別れることは考えていなかった。
彼がオーストラリアに滞在できるのはあと3ヶ月。
残り少ないオーストラリア滞在で何をしようか考えていたようだ。
彼はしばらくしたらオーストラリアを少し旅行した後に、ニュージーランドへワーキングホリデーに行こうと計画していた。
私は彼について行きたいと話したが、彼は1人で行くと言う。
彼「これから離れ離れになってしまうのだから、今別れたい。僕のビザはもうすぐ切れてしまうけれど、君はまだオーストラリアに来たばっかりだし、まだ1年以上ビザがあるだろう。」
別れる理由としてビザのことを上げられたが、しっくりこなかった。
ビザの満期までオーストラリアにいる必要がないし、しばらく離れたとしても後にニュージーランドで合流することだって可能だ。
言葉に出して言わなかったがビザはあまり問題では無く、アップダウンがあって不安定な私に愛想をつかしてもう一緒に居たくなかったといのが1番の理由だろう。
気分が不安定なせいでいつも恋愛がうまくいかない。
躁鬱病になったことを恨む。
何度話しても一緒に行けないし復縁はできないと断られた。
彼氏と一緒に住んでいたので、毎日顔を合わせないといけないことがなによりも辛かった。
彼の存在を忘れたくても忘れられない。
まるで地獄。
一方彼は普段とあまり変わらない様に見えた。
私はまたしばらく食事ができなくなった。
そして笑うこともできなくなった。
彼氏は面白い性格だったが、お世辞にもいい人とは言えなかった。
はっきり言って思いやりがないし、自己中心的で周りからの評判もあまり良くなかった。
今思えば、別れて正解だった。
私は盲目になっていた。
何でそんな彼氏に振られて落ち込んで鬱になったかというと、側にいてくれる人が欲しくて恋愛依存していたのだと思う。
誰かに味方になって欲しかったし、誰かに私の存在を認めて理解して欲しかった。
彼がいなくなってしまうと、自分の存在も薄れてしまうような感じがした。
鬱の改善を彼氏に頼ると気分の波がより大きくなるし、根本的な改善にはならない意味のないことだと私はまだ学んでいなかった。