躁鬱の完治は諦めてます。

躁鬱歴13年。幸せを感じるのって難しい。

カナダのレストランアルバイト② 〜電話の恐怖〜

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お客とウエイターの機嫌の他にも悩んでいたことがあった。

 

電話対応だ。

 

たまにお客や業者から電話がかかってくるので、席の予約を受けたり、要件を聞かなければいけない。

 

私は電話が嫌いだ。

 

顔もわからない相手に電話をすることに抵抗がある。

 

こちらから問い合わせの電話をするのならまだいいのだが、働き出したばかりでどんな内容かもわからない電話を受けるのが苦手だし、焦って混乱してしまい内容を聞いても頭で処理できなくなる

 

そして英語は英語でも、癖のある英語は聞き取りが難しい。

 

中国人や韓国人の話す英語はまだわかりやすいが、インド英語、スコットランド英語などは特に難しい。

 

なので電話が鳴るたびにドキッとした。

 

英語が堪能なスタッフが周りにいればお願いできるのだが、近くに誰もいない時は電話を取る前からパニックになった。

 

仕方なく電話に出なければいけない時は、うまく要件を聞き取れず、「少々お待ちください。」とだけ言って、すぐに他のスタッフを探し回った。

 

スタッフからは「誰?要件は?」と聞かれるのだが、私はいつも答えられなかった。

 

まともに電話も取れない自分を責めた

 

なんとか要件を聞けて、予約を受けることができたが、そのあと決まって不安に襲われる

 

「本当に私の聞き取った予約日と時間は合っていたのか?」

 

「もし私がミスして、お客が来た時にテーブルが予約できていなかったらどうしよう。」

 

自分を信じることができない

 

その心配はいつも長く引きずり、数日間も考えることもある。

 

 

カナダのレストランアルバイト① 〜客とウエイターの板挟み状態〜

 

求人に応募するまで2ヶ月程かかったが、いざ履歴書を送ってしまえば、あっさりと仕事が決まった。

 

2ヶ月も不安でモヤモヤして、ためらっていたのはなんだったのだろうと思ってしまう。

 

 

 

もらった仕事はイタリアンレストランの案内係だ。

 

日本では、ウエイター(ホール)がお客を席に案内し、オーダーを取り、レジで会計まで全てをする。

 

だがカナダでは仕事分担がされている。

 

まず案内係が店の入り口でお客を迎えて、テーブルに案内する。

 

そしてウエイターがオーダー取りとテーブルで会計をする。

 

「ただ席に案内すればいいだけで、オーダーも取らないし、思ったよりも簡単な仕事じゃないか。」と初めは思った。

 

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だが、カナダの飲食店のルールには日本とはまだ違うところがあった。

 

日本ではみんなでお客を迎えて、みんなで協力してサービスをしようとする。

 

カナダの私の働いた店では、毎日5人ほどウエイターがいて、それぞれ管理するテーブルが決まっている。

 

ウエイターは自分の管轄内のテーブルのお客にだけサービスをし、そのお客が支払ったチップを貰う。

 

自分の管轄外のテーブルのお客は接客しないし、チップももらわない。

 

たくさんのお客を相手にしたり、気前のいいお客だと、時給よりもチップの方が多くなることもある。

 

自分が頑張った分だけチップに反映されるシステムになっているのだ。

 

なのでウエイターもお客の配分や獲得にはうるさい。

 

 

 

以上のようなシステムによって、私はお客を順に5つのセクションに均等に割り当てなければいけない。

 

お客は観光客が多く、他の州から来たカナダ人、アメリカ人、イギリス人、ヨーロッパ人・・・など欧米からの人が多かった。

 

みんなアジア人よりも良く話すし、自分の意見をはっきりと言う。

 

私としては均等にお客をウエイターに分けたいのだが、「窓際の席じゃないと嫌だ。」「テラス席のパラソルの下じゃないと嫌だ。」などとお客に強く言われると、うまくコントロールできなかった。

 

お客に望まない席を提供して、この店で飲食してくれなかったら元も子もないので言い回しが難しい。

 

しかもそれを英語でお客に機嫌を損なわずにうまく誘導することはさらに難しい。

 

そのようなことがあって、ウエイターから怖い顔をされて「なんで私に客を回してくれないの!?」と文句を言われることが多々あった。

 

しまいには、しびれを切らしたウエイターが自ら案内役をして、お客を力ずくで持って行ってしまうこともあった。

 

 

 

私はウエイターとお客の機嫌、両方を気にしながら働いた。

 

HSPなので、両方を怒らせたくはなかったし、両方の気分を良くして平和に働きたかった

 

だがなかなかうまくはいかないものだ。

 

次第にお客とウエイターの板挟みでストレスを抱えるようになった

 

鬱状態の金銭感覚(双極性障害II型)

躁鬱病双極性障害II型)になって10年以上経つ。

 

躁状態鬱状態を繰り返しているが、最近は鬱状態が多く、個人的な感覚としては人生の60%以上が鬱だと思っている。

 

 

 

2ヶ月前は大鬱だった。

 

新しい仕事を始め、右も左も分からない状態で、毎日強い不安を感じていた。

 

上司に怒られることはなかったし、同僚は優しく仕事を教えてくれたのだが、

 

「こんなに仕事ができないのは私だけではないか?」

 

「同僚にあまりにも初歩的なことを聞くので、嫌な顔をされないだろうか。」

 

「こんな訳も分からない状態で、仕事を続けられる自信がない。」

 

などと考えて、仕事中に頭痛がした。

 

どうにか数日仕事に耐えたが、私には完全に容量オーバーで、通勤や退勤時の車の中で何度も泣いた

 

体力と気力がなくなり、2週間ほどは睡眠を含めて1日12時間はベッドに横にならないとやっていけなかった。

 

そんな時は、お金を使ってリラックスや気晴らしをしようという発想はなくなる。

 

体を休めることで精一杯で、楽しいことを考えられない

  

 

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そして現在は大鬱からは抜け出したが、鬱状態が長く続いている。

 

多少仕事には慣れてきたが、まだ不安や心配が大きい。

 

「同僚は優しく見えるけれど本当は、仕事のできない私が来て、嫌気がさしているのではないか。」

 

「同僚とたまには会話をして仲良くなりたい気持ちもするが、私は結論のわからないような面白くない話をするので、嫌な思いをされるのではないか。」

 

「電話対応が苦手でいつもパニックになるから、誰も私に電話をしないでほしい。」

 

HSP気質も合わさって、そんなに気にしなくてもいいことさえも、大きな問題のように捉えて、毎日のように気疲れしたり自分を責めたりする

 

このような時は、ストレス発散のためにたまにお金を使いたいと考える。

 

マッサージ、美容室、カラオケ、スイーツ・・・

 

インターネットで探してみるのだが、いざ購入・予約となると必ず躊躇する

 

「私はこんなにお金を使っていいのだろうか?」

 

「私にこんな物を買う価値はあるのか?」

 

「体調が悪くなっていつか働けなくなってしまったら、やっていけるのか?」

 

ということが頭をよぎる。

 

借金をしているわけでもないし、貯蓄はゼロでもない。

 

そして決して高価なものを購入しようとするわけでもない。

 

マッサージ・・・¥5000

美容室・・・¥9000

カラオケ・・・¥1200

スイーツ・・・¥700

 

これくらいの価格帯のものでさえも、すぐに購入の決断ができない

 

購入・予約したいと思い始めてもう1ヶ月以上経つが、商品をお気に入り登録するだけで、まだ決心がつかない。

 

鬱状態は決断力はなくなるというが、これも症状のうちだろうか。

 

自己否定感が強いからというのもあるのだろうか・・・。

 

アベプラ「反出生主義」を見て思うこと

 

ある日ユーチューブを見ていたら、AbemaPrime newsの動画が目に入った。

 

不幸を感じる人間を減らすためには、子供を産まない方がいいのではないかという「反出生主義」と呼ばれる思想を持つ人がいるというのだ。

 


www.youtube.com

 

出演者の話を聞いていると、

 

「不幸を感じるくらいならば、生まれなかった方が良かった。」

 

「人類滅亡しても仕方がないことだ。」

 

「生まれてくる赤ちゃんに生まれて来たいかどうか聞くことができないので、出産は親のエゴではないか。」

 

などの意見があった。

 

私は全部には賛成できないが、少なからず同じように考えたこともある。

 

 

 

私は21歳で躁鬱病発症し、頻繁に改善と悪化を繰り返している。

 

HSP性格と合わさって、気分の割合だと、鬱や生きづらさを感じることが人生の半分以上だと思う。

 

ほぼ毎日何かに悩んだり、嫌なことを思い出したりして悩まされている。

 

そんな私がよく思うのは、

 

「私はなぜ生まれたのだろう?」

 

「人生のほとんどを辛い思いをするために生まれたのだろうか?」

 

「生まれなければ、苦しむことがなかったのに。」

 

などと考えたりする。

 

アメバプライムニュースの中でもあったように、人に自殺を促すものではないし、私自身も自殺をしたいとも思っていない。

 

ただ、もしこれから自分が妊娠出産する機会があるとすると、

 

「子供を産むことは本当にいいことなのか。」

 

「私のエゴで生命を誕生させて、彼らの人生に責任が取れるのだろうか。」

 

「普通に考えると私が先に死に、その後子供は1人で生きていかなければいけないのに、無責任ではないだろうか。」

 

「生まれてくる子供が私のように躁鬱病になったり、辛い思いをさせる可能性がある。」

 

「生を与えることは、同時に死という苦しみも与えることになる。」

 

以上のように疑問がわいたり、出産することに躊躇する。

 

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一方、私の友人の中には、できちゃった結婚をする人もいるし、養育費が賄えるのか疑問に思うような余裕のない生活をしているカップルに2人も子供がいたりする。

 

彼らは幸せそうにしているのだが・・・。

 

人それぞれの考え方がある。

 

今の私だったら、自分が親としての責任が持てるか、親のエゴになるのではないか、子供を養えるだけの資金はあるかなど考え過ぎてしまって、子供を持つことに簡単には踏み切れない。

 

気分が落ちてから3週間目:楽しい夢と悪夢

 

調子が回復しないので、トリプタノールの増量をしている(医師の指示の範囲内)。

 

現状としては眠気ばかり増して、気力は相変わらずないままで、元気が出ない。

 

 

 

昨日は休日で、丸一日ベッドで横になって動画を見ていた。

 

すぐに疲れるので、椅子に座ってパソコンに向かう気もしなかったからだ。

 

日頃の溜まった疲れなのか、トリプタノールのせいなのかわからないが、9時間以上の睡眠をとったのにも関わらず、その後眠気に耐えられずに2度も昼寝をしてしまった。

 

体力使ってるわけでもないのにこんなに寝てしまうのは過眠かもしれない。

 

こんなに寝てばかりでは、やりたいこともできやしない

 

起きている時間が長ければ時間をもっと有効に使えるのに、と思う。

 

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そして次の日、珍しく夢を見た。

 

内容も結構覚えている。

 

水族館とショッピングセンターが繋がっていて、そこが海水で満たされて、肺呼吸など関係なく人間と魚が自由に泳げるのだ。

 

綺麗な魚たちと一緒に泳いだり、写真を撮ったりした。

 

人間に危害を加えるような危険なサメなどは檻に入っているので、怪我の心配なく泳げる。

 

そこには、人間の友人もいて「あれが可愛い!」「こっちの方がいいのではないか?」と一緒にショッピングを楽しんだ。

 

現実社会からかけ離れたぶっ飛んだ夢だったが、久しぶりに楽しいと思う夢を見た。

 

 

 

それからしばらくして携帯のアラームが鳴ったので(毎朝6時にセットしてある)、無意識にそれを止めたようだ。

 

それがきっかけで楽しい夢は終わってしまった。

 

夢と現実の間の状態になったところで、急に鬱が襲って来た

 

このまま鬱状態で、したいことが何もできない状態が一生続いたらどうしよう。

 

一生ダメな人間のまま暮らさないといけないのだろうか。

 

楽しいことを感じないまま死んでいくのだろうか。

 

アラームを止めてから、完全に目が醒めるまで1時間以上かかった。

 

1時間もの間、無意識のうちに鬱状態になって、絶望感を味わっていたなんて考えるとぞっとする。

 

脳が鬱に完全にやられている・・・。

 

 

 

現在鬱状態がひどくなっているが、一瞬「こんな人生は嫌だ。鬱になんかで人生をダメにしたくない。」と思うこともあるので、こんな時の打開策をできるかできないかは置いておいて一応考えてはいる。

 

 

心療内科医などが書いた本を読む

 

 読書に集中する元気がでたら読もうと思う。

 

②いつも通っている心療内科に行く

 

 大抵は3ヶ月に1回通うようにしているが、薬の調整をしたい時や気分がすぐれない時は、もう少し短いスパンで通うこともある。

 

③好きなことを思いっきりする

 

 コロナ禍で行動制限をしているが、本当は趣味である国内・海外旅行をしたい。

 

 1人カラオケにも行きたいが、人の集まるような場所は避けているので暫く行けていない。

 

 コロナを気にせずに今できることといえば、食べることだ。最近食欲が止まらず、体重増加している。

 

④友人とおしゃべり

 

 昔からの気の会う友人とオンラインで会話をすることがある。だが最近HSP症状がひどくなってきたので、自分が言葉を発すると必ずと言っていいほど後悔するようになり、最近は気分転換にならないことの方が多い。

 

⑤カウンセリング

 

 コロナの心配がいらない電話やオンラインカウンセリングを受けたいと思い、検索をしてカウンセラーを探したが、「予約した日に体調が悪くて話をする気になれなかったらどうしよう。」などと思いとどまっていて、今だに予約できていない。決断力がなくなっているのだろう。

 

 

こんなふうに経験上どうすれば多少気分が良くなるかある程度わかっているつもりなのだが、コロナのこともあって何だかうまくいかない。

 

これらができないということは、今できることはとりあえず休めということだろうか。

 

 

 

大学休学中のことを思い出した。

 

友人は卒業して、就職して、結婚しているのに、私はまだ大学生。

 

気持ちだけ焦って、体がついていかない。

 

休めと言われても、素直に休めない。

 

今はなんだがそんな気分に近い。

 

新たな移住国の暮らしと優れない心の調子

 

ヨーロッパから帰国後に日本で数週間を過ごし、またワーキングホリデーの旅に出た。

 

今度はカナダだ。

 

初めて行く国だったのでとても楽しみにしていた。

 

 

 

到着間もなくして仕事を探し始める。

 

経験上、日本食レストランに応募すれば、余程のことがない限り簡単に仕事を得ることができる。

 

(オーストラリアの寿司店で、4日でクビの経験はあるが・・・あれは稀なケースだと思う。)

 

だが英語を学びに来ているのに、日本食レストランでたくさんの日本人と働いていたのではカナダに来た意味がない。

 

なので地元のカナダ人が多く働くレストランを探したが、いざ応募しようとするとなかなか勇気が出ない

 

外国で働くのも3カ国目だったのである程度の英語は話せるのだが、やっぱり不安で「試してみてダメなら、また次を探せばいい。」というように楽観的には考えられなかった。

 

不安が大きいと、何事もすぐ行動に移すことができない。

 

不安だから、徹底的に調べないと落ち着かない。

 

そこで求人記事を出している店をインターネットで調べた。

 

店の場所、規模、レビュー、お客が多い店かどうか・・・。

 

調べれば少しは安心して求人に応募できるかと思ったが、違った。

 

もし、オーナーの英語を理解できなかったらどうしよう。

 

もし、大きな店で毎日忙しすぎて疲れたらどうしよう。

 

もし、忙しくて混乱してパニックになったらどうしよう。

 

調べれば調べるほど、心配も増えるし、不安もどんどん膨らんでいく

 

英語の履歴書はもうすでに作成してあるのに、応募することをためらっていた。

 

候補の店はある程度絞ったのだが、決心がつかずに数週間もの間、放置状態だった。

 

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なんの仕事も応募できずに2ヶ月も経ってしまった。

 

この時の私は、引きこもり気味だった。

 

英会話サークルに通ったり、新しい友人を作ろうと飲み会にも積極的に参加したいと思っていたのだが、特に何もしていないのにも関わらず、体が疲れて外出できない日がよくあった

 

気持ちに体がついていかない

 

このままでは資金が尽きてしまうし、生活ができなくなってしまう。

 

心はまだ本調子ではなく不安もあったが、背に腹は変えられないと思い、ようやく履歴書をオンライで送った。

 

翌日イタリアンレストランのオーナーから連絡があり、面接に来ないかと言われた。

 

 

 

数日後に面接のためにイタリアンレストランに行くと、お洒落な内装で窓からの景色が良く、私の想像以上の大型店舗だった。

 

その日のお客は少なかったのだが、小心者の私はこのお店がお客でいっぱいになった時を想像して、もう緊張してしまい、落ち着かなくなっていた

 

近くにいた白人のヨーロッパ系の店員に面接に来たと伝えると、椅子で待つように言われた。

 

間もなくしてオーナーがやって来た。

 

40歳くらいの金髪のイタリア人女性だった。

 

英語の聞き取りに不安があったし、思いもよらない質問をたくさんされたらどうしようと考えていたが、実際はあっという間に面接が終わって、私の採用は決まった。

 

エネルギー切れの梅雨

この2週間、なんだか力が出ない・・・。

 

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とは言っても、最低限の生活はできる。

 

ご飯を食べる、シャワーを浴びる、通勤する…

 

などはなんとかこなせる。

 

だが、それ以外のことができなくなった。

 

英語の勉強、ブログを書く、読書など頭を使うことができない。

 

自分のやりたいことができてないのだ。

 

椅子に座ることさえも疲れてしまい、すぐにベッドに横になる。

 

夜7時から朝の7時頃まで、12時間ほどはベッドに横になったままだ。

 

気晴らしに買い物で行こうかとも思うのだが、着替えてメイクをする気力がなかなかでないので諦める。

 

 

 

そんな日々を過ごしていると、私はいったいここで何をしているのだろうと思う。

 

意味のない、つまらないことの繰り返しのように思えて仕方がない。

 

楽しいことをしたいのだが、コロナで自主的に行動制限しているし、やれることも少なく喜びを感じない。

 

こんな思いをするために私は生まれてきたのかとも思ったりする。

 

 

 

いつものリーマスと、トリプタノールを多めに服用しているのだが、なかなか気分が良くならない。

 

今度医者に薬の相談をしなければいけなさそうだ。

 

ひどい肌荒れも始まって3ヶ月以上経つし、最近人生うまくいってないと感じる。

悪い目覚めと自己嫌悪

 

 

今日は目覚め悪かった。

 

ここ1年ほどは早寝早起きをするようにしていて、夜は9時に就寝、朝6時に起床、睡眠時間9時間確保という30代とは思えない、お年寄りのような超規則正しい生活をしている。

 

仕事の後は疲れているし、夜はすぐに眠くなって集中力がなくなるので、朝の時間をブログや勉強に使った方が有意義な時間を過ごせるからだ。

 

 

 

今日目が覚めたのは朝5時過ぎ。

 

朝6時に目覚ましをセットしてあるのだが、それより前に目が覚めるのはよくあることだ。

 

まだ眠気が残っていたのでもう少し寝ようと目を閉じる。

 

ぼんやりと嫌な気分がしてくる。

 

しばらくしてまた目が覚めて時計を見ると、あれから10分ほど経っていた。

 

短い時間だったが嫌な気分がしたことは確かだった。

 

寝ている時くらいそんな気分にさせないでほしいと思いながら、もう一度目を閉じた。

 

その気持ちに逆らうように、今度はさっきよりもリアルな感情になっていく。

 

考え事をしているのか眠っているのか、よくわからないまま意識はぼんやりしていたが、頭の片隅で希望の持てない自分の人生について考えていた。

 

「私は何もできていない。しなければいけないことがたくさんあるのに・・・。何もできないまま、ずっと自分に不満を抱えたまま一生が終わるのかな。なんて不甲斐ない人生なんだろう。この人生に楽しいと思えることはあるのか・・・。」

 

また目が覚めたのは6時前だった。

 

寝ながらこんなこと考えるなんて、よっぽど疲れているのだろうか。

 

今は大鬱だとは思っていなかったが、自覚がないだけだろうか。

 

朝からため息が出る。

 

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確かに、最近私は何もできていない歯がゆさを感じていた。

  

語学の勉強・部屋の整理・プログラミングの勉強・ブログの更新・読書・・・など、

毎日なにかしら自分に課題を課している。

 

どれも趣味の一部であって絶対にしなくてはいけない事ではない。

 

だが趣味とは言えどもそれをこなせないと自分に対する義務を果たすことができず、自己嫌悪に陥る

 

私はなぜかいつも妥協することができず、理想を高く設定しすぎてしまうのだ

 

そして自分で自分の首を絞めている

 

理想の自分になれた試しはない。

 

 

 

その日の午後に1時間ほど昼寝をしたのだが、朝と同じような気分で目が覚めた。

 

またか、この嫌な感じ・・・やれやれ。

 

かなり脳が疲れているみたいなので、丸一日何も考えずに好きなことだけを思う存分してストレス発散してみようかと考える。

 

 

 

自己嫌悪や鬱の感情を取り除く脳の手術があるのであればやって欲しいくらいだ。

 

その代わりに幸せをたくさん感じる細胞を脳に埋め込んで欲しい。

 

 

ベジタリアン 〜肉を食べる罪悪感〜

 

人間は当たり前のように、肉を食べるものだと思って育ってきた。

 

私は牛肉、豚肉、鶏肉、全部好きだ。

 

だが最近、ふとした瞬間に動物の肉を食べることに罪悪感を抱く。

 

それは海外で数年間暮らしたことによって、いろんな人と出会い、いろんな考え方を知ったからだ。

 

 

 

 

オーストラリアにいた時、ニュージーランドから移住してきた同僚と車で買い物に出かけた。

 

山の中のシェアハウスに住んでいたので、周りは牛や羊を飼っている牧場だらけ。

 

広大な牧場と牧場の間のまっすぐな道を進んでいく。

 

そんな雄大な景色を見ながら話していると、牛の話になった。

 

私「白色とか黒色とかいろんな色の牛がいるけど、何が違うんだろう?」

 

私にとって牧場は身近なものではなかったので珍しく、素朴な疑問がわいた。

 

同僚「白と黒の柄が乳牛で、その他は基本的に食肉になるんだよ。」

 

彼はあっさりとそう答えた。

 

私は遠くで草を食べている牛を眺めながら、なんだか嫌な気持ちがした。

 

スーパーではすでに加工されて食べやすいサイズに切ってあり、生きている牛の姿からはかけ離れた形になって販売されている。

 

なので今まで、生きていた健康な動物の肉を食べているという罪悪感は全くなかった。

 

放牧されている牛がパック詰めされるまでを想像して、牛に対して申し訳ない気持ちがした。

 

私「牛が可哀想・・・。」

 

同僚「そんなことないよ。時間をかけて苦しめながら殺すわけではないし、ちょうどいい時期に出荷されるんだよ。年老いてヨボヨボになって死んでしまうよりいいじゃないか。」

 

私には彼のような考え方はできなかった。

 

しばらくの間、肉を食べるのを辞めたいと思った。

 

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ある日、ドイツ人の男の子と職場について話をしていた。

 

私「オーストラリアについてから果物農家と飲食店で働いてたよ。あなたは何してたの?」

 

男の子「以前食肉工場で働いていて、給料も良かったよ。ちょっと言いにくいんだけど・・・。牛を屠殺する仕事だったんだ。」

 

血の気が引いたような気がした。

 

彼のような人が働いているおかげで、私たちはスーパーで肉が買えるのだが、何と精神的に辛い仕事だろうか。

 

考えたくもないが、食肉工場の現実を知った。

 

 

 

シェアハウスで同居していたドイツ人の女の子がベジタリアンだった。

 

いつもヘルシーで素朴な料理を食べていた。

 

私から見たらそれはあんまり美味しそうには見えなかったし、味気ない感じに見えた。

 

私「何でベジタリアンになったの?」

 

女の子「家畜の飼育に関するドキュメンタリーを見たの。それでとても狭くて不衛生な場所で鶏が飼育されていたの。人間のエゴで動物をそんな風に飼育するのはいけないと思うの。」

 

彼女が劣悪な状況で育てられる家畜のドキュメンタリー番組を見せてくれたのだが、ナレーションは外国語で理解できなかったが、映像を見るだけで悲惨な様子が伝わってきた。

 

何千何万もの鶏が身動きの取れないゲージに押し込まれて、運動もできずに餌だけ食べていた。

 

鶏たちは外の世界も知らないまま、死んでいくのかと考えたらその日は食欲がなくなってしまった。

 

 

 

フランス人の女の子もドイツ人の女の子と似たような理由で、極力肉を食べないようにしていた。

 

そして卵や乳製品も同じように取らないように気をつけていた。

 

 

 

日本では今までベジタリアンに出会ったことがなかったので、そんな考え方があるのだと知った。

 

そして全部の家畜が劣悪な環境で育てられているとは思わないが、動物の命をもらうということに違和感を感じだした

 

言われてみれば、私は動物が好きなのに何で今まで疑問に思わず肉を食べてきたのだろうと思う。

 

犬や猫の殺処分のニュースをみると、とても悲しくなる。

 

それと同じで牛、豚、鶏も私にしたら可愛い動物なので、殺されてしまうと考えたら悲しくなる。

 

動物だって、自由に生きたいだろうに・・・。

 

その命を取ってまで人間の食生活を豊かにする必要はあるのかな。

 

そんなことを思いながらも、育ってきた環境や長年の習慣もあり、やっぱり肉は美味しいと感じてしまう。

 

自分の中に矛盾があって、なんだかスッキリしない気持ちだ。

 

すぐに生活を変えることはできないが、できれば肉を食べない生活をしたいと思った。

 

鬱じゃない時に読むと効果的な本

タイトルに惹かれた本。

 

「なりたい自分」になる一番いい方法 

 著:バーバラ・バーガー

 訳:入江真佐子

 

自分の人生をコントロールして「なりたい自分になる」方法が書かれている。

 

いい言葉を話してネガティブなことは口にしない、とらわれない心が大事、などポジティブな気持ちにさせてくれるような内容で、自己意識を高めるためにはいいと思う。

 

  

 

面白いと思ったことは、筆者がこの本で少食を勧めたことだ。

 

それはダイエットのためではなく、パワーやエネルギーが溢れ、集中することが簡単になるからだと言う。

 

スピリチュアルな修行の中に断食が組み込まれているのは、頭脳を明快にする簡単で効果的な方法だかららしい。

 

そして自分自身を好きになり、生きることがずっと楽しくなると筆者は語る

 

少食になることは、ダイエットすること以外にも利点があるなんて考えたこともなかった。

 

私はストレスが溜まると過食傾向になっていまうのだが、いつか試してみたいと思った。

 

 

 

ただ、私は最近鬱状態が長く続いていて、どん底でもないが辛い状況か続いている。

 

そんな状況彼抜け出したくて、「なりたい自分」を強く求めている。

 

素敵なことが書いてあるのだが、残念ながら鬱状態の今の私にはあまりピンとこないし、ハードルが高いと思うことばかり。

 

なのでうまく頭に内容が入ってこなかった。

 

もう少し体調が回復した時にこの本を読めば、より元気をもらえると思う。